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Snow Day
Snow Day / Kansas Poetry (Patrick)

今年最後のエントリーです。
今年は皆様にとってどんな一年だったでしょうか?
日本の科学界においては、大村、梶田両先生のノーベル賞受賞など比較的明るいニュースが多かったように思います。
一方で、トップ10%論文数のシェアは中国に追い抜かれて久しく、また、そのシェア低下が止まらない状況が続いています。
http://www8.cao.go.jp/cstp/tyousakai/kihon5/1kai/siryo6-2-4.pdf
また、算定方法が変更になったとはいえ、THE(Times Higher Education)の世界大学ランキングでも前年に比べて大きく順位を落とすなど、日本の科学技術力は低下傾向にあると言えるでしょう。

その原因の一つには、国の厳しい財政を反映して、大学への運営費交付金や科学技術関連の予算は伸び悩みや減少があるのは間違いありません。

こうした厳しい環境のもとで、国の競争的資金も選択と集中がますます進み、AIやビッグデータ、IoTなどの政策的な重点分野や拠点形成に多額の研究費が投入れる一方で、トレンドから外れた基礎研究や研究開発にはなかなかお金が回らない状況です。
来年度は第5期科学技術基本計画に移行しますが、その傾向は大きくは変わらないでしょう。
決して容易な状況ではありませんが、「至誠天に通ず」という大村先生の座右の銘にあるように、ベストを尽くし続けるしかないのでしょう。


今年も拙ブログをご覧頂き、ありがとうございました。
来年もお暇の時にのぞきに来て頂けると幸いです。

良いお年をお迎えください。

Lablogue管理人 MO

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今年もThe Scientists誌からThe Scientists Top 10 Innovations 2015発表されました。これは、この一年間に発売されたライフサイエンス分野の計測分析技術・機器の中から、最もイノベーティブな製品を専門家が選出するものです。


今年のランキングは1位から3位までが次世代シーケンサー関連の装置・プラットフォームによって占められています。また、ここ1,2年ブレイクしているCRISPR/Cas9関連の技術2製品が選ばれ(4位、6位)ており、これらの分野を中心にイノベーションが起きていることが窺えます。

 

今年のランキングにおいて、個人的に注目しているのはプラットフォーム化された製品の台頭です。試薬や試料調製の段階からデータ解析までを一貫して統合し、データの解析や蓄積、ユーザー間でのデータ参照や対照を容易にしたプラットフォームとして販売されている製品が4つもランクインしています(1位、2位、7位、8位の製品)。

近年は、こうしたプラットフォーム化が進んでおり、プラットフォームによるデファクトスタンダードの確立が重要な企業戦略になっています。このプラットフォームというものは、ユーザーフレンドリーで、実験がプラットフォームで完結するために、ユーザーにとっては利便性が大きいものの、ユーザーの囲い込みに他ならず、デメリットも潜在していることを認識しておくべきでしょう。

また、今年も残念ながら日本発の製品がランクインしていないのは、少々寂しいところです。

 


それでは、今年のトップ10を簡単に紹介していきましょう。


1GemCodePlatform  メーカー 10X Genomics

今年の1位に選出されたのは、ショートリードの次世代シーケンサーが比較的苦手としている多型やハプロタイプ解析を効率的に可能にする前処理装置です。10100 kbのゲノムDNA断片を油滴に取り込み、タグ配列を付加しながらさらに断片化します。反応物はそのままilluminaのシーケンサーで読むことができ、タグを使って容易に再構成することが可能というもので、超並列型のilluminaシーケンサーの弱点を補完する技術になっています。


2MiSeq FGxForensic Genomics System  メーカー Illumina

法医学用途に特化したイルミナの次世代シーケンサーシステムが2位になりました。これは、微量のDNAからでもSNP解析(個人識別SNP,地理学的人種識別SNPなど)やSTRshort tandem repeat)解析を可能にするものです。従来のサンガーシーケンサーに対して、微量試料から包括的で精密な解析が可能になるとのことで、DNA鑑定の精度が飛躍的に向上するとされています。プラットフォームを謳っており、結果の解析ソフトまでが統合されたソリューションになっています。

3Ion S5 &Ion S5 XL メーカー Thermo Fisher Scientific

プロトンセンサーを用いた次世代シーケンサーIon torrent システムによるデスクトップタイプの装置です。従来よりもさらに高速化され、データ取得まで45分以内で完了するとのことです。


4On DemandDeletions in Human Hap1 Cells  メーカー Horizon Discovery

CRISPR/Cas9を使い、ヒトの一倍体細胞において任意の遺伝子を改変してくれるサービスです。一倍体なので、フェノタイプが一発で出るのが特徴。CRISPR/Cas9のアプリケーション拡大はすさまじい勢いで進んでいることを実感します。

 

5NanoLucBinary Interaction Technology メーカー Promega

海産エビ由来のルシフェラーゼを改変したNanoLucは低分子量かつ高輝度で話題になりましたが、それを18kDa1kDaに分割し、タンパク質の相互作用解析に利用できるようにしたものです。


6 CRISPREpigenetic Activator メーカー Sigma Aldrich

シグマといえばZnフィンガータンパクを用いたZFNというゲノム編集ツールを販売していましたが、高価でタンパク質自体をカスタムする必要があったため、CRISPR/Cas9の登場とともに一気に旧世代の編集ツールとなった感は否めません。そんなシグマが、CRISPRを活用したヒストンのアセチル化ツールを発売しました。目的の遺伝子周辺のヒストンをアセチル化し、トランスフェクション等よりもマイルドに、エピジェネティックなレベルで遺伝子を発現させることができるものです。

 

7Phenoptics メーカー PerkinElmer

近年、PD-1等の分子に注目したがんの免疫療法が成果を上げつつあり、研究が益々広がっていますが、そのニーズに対応すべくリリースされたのがPhenopticsです。この製品はがんの病理切片において、がんに集積した免疫細胞のフェノタイピングを行うもので、例えば、免疫療法に効果のあった患者とそうでない患者の腫瘍において、集積した免疫細胞の違いなどを解析することが可能になります。試薬と顕微鏡・スキャナー、解析ソフトがセットになった解析プラットフォームが構築されています。


8XFp CellEnergy Phenotype Test Kit メーカー Seahorse Bioscience 

培養細胞のミトコンドリアや解糖系におけるエネルギー産生をリアルタイムでアッセイするための試薬と装置のシステムです。ミトコンドリア病やがんなど細胞の代謝が変化する疾患の研究で用いられているようです。

 

9CelseePREP400 and Celsee ANALYZER メーカー  Celsee Diagnostics 

血液サンプルから血中循環腫瘍細胞(CTC)を自動で分離するセルソーターで、マイクロ流路を用い、物理的に分離することで、インタクトなCTCが得られるという装置です。

 

103D CellExplorer メーカー Nanolive SA 

スイスのベンチャー企業が開発したホログラフィック顕微鏡で、細胞構造の屈折率の違いをホログラフィとトモグラフィーの組み合わせにより可視化するものです。屈折率の違いを利用することで無染色で生きた細胞の3次元構造を可視化することができます。この時に、細胞内の各構造はデジタル染色で表現されるため、屈折率の違いの数だけ多重染色が可能になっています。

原理的に得られるデータは形態・構造の情報であり、分子を標識するわけでないので機能イメージングは難しいですが、それでも細胞分裂や分化、移動などの研究に活用できそうです。また、レーザー共焦点顕微鏡などに比べて、光源や光学系がシンプルで済むため、価格がかなり安価(22000ドル)というところも注目です。



 
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今年の5月に、2年ぶりにハワード・ヒューズ医学研究所(以下、HHMI)において、新たに26名の研究者がHHMI Investigatorとして採択されました。(前回の採択に関する本ブログのエントリはこちら

HHMIは石油の掘削機と航空産業で財を成した実業家、ハワード・ヒューズの資産を元に設立された世界でも有数の資産を誇る生物医学研究の助成機関です。HHMIに採択された研究者=HHMI Investigatorはその業績(被引用数や高IFジャーナルへの掲載本数など)が全米でもトップレベルであり、著名ジャーナルでも頻繁に論文を見ることができます。

HHMI Investigetorは、年間で約100万ドルもの研究費が支給され、しかも既存のテーマにとらわれず、自分がやりたい研究のために自由に使うことができます。この自由で安定した研究資金により、HHMI Investigatorはグラント獲得のための労力を減らし、挑戦的なテーマにじっくり取り組むことが可能になります。その結果、現在までに極めて独創的な成果が多く創出されており、多くのノーベル賞受賞者(15人以上)を輩出し、HHMIの名声は高まるばかりです。

以前のエントリーにも書きましたように、HHMI Investigatorの新規採択者は、アメリカの生命科学研究におけるトップクラスの(比較的)若手研究者であり、現在、最も注目すべき存在と言えるでしょう。2015年は894人の申請者の中から、HHMI 所長のRobert Tjian曰く、「独自性と創造性」を兼ね備えていると評価された26人が選ばれました。

この倍率の高さと極めて自由で高額なグラント、そして過去に採択された研究者の輝かしい業績により、HHMI Investigatorという肩書は全米の生命科学者の憧れにもなっています。
では、さっそく今のアメリカで最もホットな生命科学者たちの顔ぶれを見ていきましょう。


Sue Biggins, PhD
Fred Hutchinson Cancer Research Center
分子細胞生物学(染色体の分配機構)
http://research.fhcrc.org/biggins/en.html

Squire J. Booker, PhD 
Pennsylvania State University, University Park 
生化学(補酵素の機能解析)
http://chem.psu.edu/directory/sjb14

Olga Boudker, PhD 
Cornell University 
神経生物学、構造生物学(グルタミン酸の再取り込み機構)
http://physiology.med.cornell.edu/faculty/profile.php?id=boudker

Yifan Cheng, PhD 
University of California, San Francisco
構造生物学(クライオ電顕による構造解析法の開発)
http://cryoem.ucsf.edu/

Job Dekker, PhD 
University of Massachusetts Medical School 
ゲノミクス(クロマチン、染色体構造解析)
http://my5c.umassmed.edu/welcome/welcome.php

Xinzhong Dong, PhD
Johns Hopkins University
神経生物学 (痛覚のメカニズム)
http://neuroscience.jhu.edu/resources/directory/faculty/Xinzhong-Dong

Loren M. Frank, PhD  
University of California, San Francisco
神経生物学、脳科学 (記憶と意思決定)
http://phy.ucsf.edu/~loren/

Levi A. Garraway, MD, PhD
Dana-Farber Cancer Institute
がんゲノミクス 
http://garrawaylab.dfci.harvard.edu/

Britt A. Glaunsinger, PhD 
University of California, Berkeley
ウィルス学  
http://glaunsingerlab.berkeley.edu/

Reuben S. Harris, PhD  
University of Minnesota, Twin Cities
免疫学 (活性化誘導シチジンデアミナーゼの機能解析)
http://harris.cbs.umn.edu/

Michael T. Laub, PhD  
Massachusetts Institute of Technology
システム生物学 (バクテリアの環境応答)
http://laublab.mit.edu/

Hening Lin, PhD  
Cornell University 
生化学 (タンパク質の翻訳後修飾、特にsirtuinの機能解析)
http://lin.chem.cornell.edu/

John D. MacMicking, PhD
Yale University
免疫学
https://medicine.yale.edu/micropath/people/john_macmicking.profile

Andreas Martin, PhD 
University of California, Berkeley
生化学、構造生物学 (プロテアソームの機能と構造)
http://mcb.berkeley.edu/labs/martin/people.php

Joshua T. Mendell, MD, PhD
University of Texas Southwestern Medical Center
分子生物学 (疾患に関わるmiRNAの解析)
http://www4.utsouthwestern.edu/mendell-lab/

Joseph D. Mougous, PhD 
University of Washington
細菌学 (細菌のシグナル伝達、VI型分泌系など)
http://faculty.washington.edu/mougous/laboratory-members/

Kim Orth, PhD 
University of Texas Southwestern Medical Center
細菌学 (病原細菌の感染メカニズム)
http://www4.utsouthwestern.edu/orthlab/

Jared Rutter, PhD 
University of Utah
生化学、分子細胞生物学 (ミトコンドリア タンパク質の機能解析)
http://www.biochem.utah.edu/rutter/

Pardis C. Sabeti, DPhil, MD 
Harvard University
計算生物学 (病原体と人類の進化)
http://sabetilab.org/

Jay Shendure, MD, PhD 
University of Washington
ゲノミクス (シーケンス技術の開発)
http://krishna.gs.washington.edu/

Krishna V. Shenoy, PhD 
Stanford University
神経生物学 (運動機能の制御、BMIの開発)
http://web.stanford.edu/~shenoy/

J. Paul Taylor, MD, PhD 
St. Jude Children's Research Hospital
神経生物学 (神経疾患とRNA顆粒の研究)
https://www.stjude.org/directory/t/j-paul-taylor.html

Doris Y. Tsao, PhD 
California Institute of Technology
脳科学 (霊長類の視覚、認識の研究)
http://tsaolab.caltech.edu/

Tobias C. Walther, PhD 
Harvard University
分子細胞生物学、生化学 (脂肪滴、細胞の脂質代謝)
http://www.hsph.harvard.edu/farese-walther-lab/

Joanna K. Wysocka, PhD 
Stanford University
発生生物学 (発生におけるエピジェネティクス、神経冠細胞の移動、顔面形成)
http://stemcellphd.stanford.edu/faculty/joanna-wysocka.html

Jennifer A. Zallen, PhD 
Memorial Sloan-Kettering Cancer Center
発生生物学 (細胞の移動、形態形成)
https://www.mskcc.org/research-areas/labs/jennifer-zallen


採択者の研究分野を見てみると神経生物学、脳科学の研究者が約1/4を占めいていることがわかります。分野ありきで選考しているわけではありませんので、神経生物学や脳科学では若手により独創的で重要な研究が多くなされていると考えるべきでしょう。一方でがんの研究者が少ないのは、神経生物学などとは状況が異なり、未だにビッグネームが分野を牽引しているためかもしれません。
また、採択者の経歴を見てみると、その多くが大学院生〜ポスドク時代に、自分のアイデアで大発見をしています。優秀な研究者の場合、研究のオリジナリティは若いうちから発現するとみて良いでしょう。

また、採択者の研究内容を細かく見ていくと(各研究者のリンク先をご参照ください)、重要でありながら、今まで見過ごされてきた分野にフォーカスしている事例が多くなっています。より正確に言えば、多くの研究者がさほど重要ではないと注目してこなかった分野の中に潜む重要性を見抜き、いかにそれが重要で価値があるかを自ら証明してきた研究者が選ばれているのです。
誰から見ても重要な分野は多くの研究者により古くから研究が進められ、既に多くの発見がなされていますから、そこで大きな業績を上げるのは並大抵のことではありません。特にヒト・モノ・カネの点で不利な若手研究者にとって、ビッグネームと伍することは困難でしょう。

自分の興味があることを追求するのが第一ではありますが、それに加えて、こうした"鉱脈"を見つけること、テーマ設定の妙が今まで以上に問われる時代になってきたと言えるでしょう。

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