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今年もThe Scientists誌からThe Scientists Top 10 Innovations 2015発表されました。これは、この一年間に発売されたライフサイエンス分野の計測分析技術・機器の中から、最もイノベーティブな製品を専門家が選出するものです。


今年のランキングは1位から3位までが次世代シーケンサー関連の装置・プラットフォームによって占められています。また、ここ1,2年ブレイクしているCRISPR/Cas9関連の技術2製品が選ばれ(4位、6位)ており、これらの分野を中心にイノベーションが起きていることが窺えます。

 

今年のランキングにおいて、個人的に注目しているのはプラットフォーム化された製品の台頭です。試薬や試料調製の段階からデータ解析までを一貫して統合し、データの解析や蓄積、ユーザー間でのデータ参照や対照を容易にしたプラットフォームとして販売されている製品が4つもランクインしています(1位、2位、7位、8位の製品)。

近年は、こうしたプラットフォーム化が進んでおり、プラットフォームによるデファクトスタンダードの確立が重要な企業戦略になっています。このプラットフォームというものは、ユーザーフレンドリーで、実験がプラットフォームで完結するために、ユーザーにとっては利便性が大きいものの、ユーザーの囲い込みに他ならず、デメリットも潜在していることを認識しておくべきでしょう。

また、今年も残念ながら日本発の製品がランクインしていないのは、少々寂しいところです。

 


それでは、今年のトップ10を簡単に紹介していきましょう。


1GemCodePlatform  メーカー 10X Genomics

今年の1位に選出されたのは、ショートリードの次世代シーケンサーが比較的苦手としている多型やハプロタイプ解析を効率的に可能にする前処理装置です。10100 kbのゲノムDNA断片を油滴に取り込み、タグ配列を付加しながらさらに断片化します。反応物はそのままilluminaのシーケンサーで読むことができ、タグを使って容易に再構成することが可能というもので、超並列型のilluminaシーケンサーの弱点を補完する技術になっています。


2MiSeq FGxForensic Genomics System  メーカー Illumina

法医学用途に特化したイルミナの次世代シーケンサーシステムが2位になりました。これは、微量のDNAからでもSNP解析(個人識別SNP,地理学的人種識別SNPなど)やSTRshort tandem repeat)解析を可能にするものです。従来のサンガーシーケンサーに対して、微量試料から包括的で精密な解析が可能になるとのことで、DNA鑑定の精度が飛躍的に向上するとされています。プラットフォームを謳っており、結果の解析ソフトまでが統合されたソリューションになっています。

3Ion S5 &Ion S5 XL メーカー Thermo Fisher Scientific

プロトンセンサーを用いた次世代シーケンサーIon torrent システムによるデスクトップタイプの装置です。従来よりもさらに高速化され、データ取得まで45分以内で完了するとのことです。


4On DemandDeletions in Human Hap1 Cells  メーカー Horizon Discovery

CRISPR/Cas9を使い、ヒトの一倍体細胞において任意の遺伝子を改変してくれるサービスです。一倍体なので、フェノタイプが一発で出るのが特徴。CRISPR/Cas9のアプリケーション拡大はすさまじい勢いで進んでいることを実感します。

 

5NanoLucBinary Interaction Technology メーカー Promega

海産エビ由来のルシフェラーゼを改変したNanoLucは低分子量かつ高輝度で話題になりましたが、それを18kDa1kDaに分割し、タンパク質の相互作用解析に利用できるようにしたものです。


6 CRISPREpigenetic Activator メーカー Sigma Aldrich

シグマといえばZnフィンガータンパクを用いたZFNというゲノム編集ツールを販売していましたが、高価でタンパク質自体をカスタムする必要があったため、CRISPR/Cas9の登場とともに一気に旧世代の編集ツールとなった感は否めません。そんなシグマが、CRISPRを活用したヒストンのアセチル化ツールを発売しました。目的の遺伝子周辺のヒストンをアセチル化し、トランスフェクション等よりもマイルドに、エピジェネティックなレベルで遺伝子を発現させることができるものです。

 

7Phenoptics メーカー PerkinElmer

近年、PD-1等の分子に注目したがんの免疫療法が成果を上げつつあり、研究が益々広がっていますが、そのニーズに対応すべくリリースされたのがPhenopticsです。この製品はがんの病理切片において、がんに集積した免疫細胞のフェノタイピングを行うもので、例えば、免疫療法に効果のあった患者とそうでない患者の腫瘍において、集積した免疫細胞の違いなどを解析することが可能になります。試薬と顕微鏡・スキャナー、解析ソフトがセットになった解析プラットフォームが構築されています。


8XFp CellEnergy Phenotype Test Kit メーカー Seahorse Bioscience 

培養細胞のミトコンドリアや解糖系におけるエネルギー産生をリアルタイムでアッセイするための試薬と装置のシステムです。ミトコンドリア病やがんなど細胞の代謝が変化する疾患の研究で用いられているようです。

 

9CelseePREP400 and Celsee ANALYZER メーカー  Celsee Diagnostics 

血液サンプルから血中循環腫瘍細胞(CTC)を自動で分離するセルソーターで、マイクロ流路を用い、物理的に分離することで、インタクトなCTCが得られるという装置です。

 

103D CellExplorer メーカー Nanolive SA 

スイスのベンチャー企業が開発したホログラフィック顕微鏡で、細胞構造の屈折率の違いをホログラフィとトモグラフィーの組み合わせにより可視化するものです。屈折率の違いを利用することで無染色で生きた細胞の3次元構造を可視化することができます。この時に、細胞内の各構造はデジタル染色で表現されるため、屈折率の違いの数だけ多重染色が可能になっています。

原理的に得られるデータは形態・構造の情報であり、分子を標識するわけでないので機能イメージングは難しいですが、それでも細胞分裂や分化、移動などの研究に活用できそうです。また、レーザー共焦点顕微鏡などに比べて、光源や光学系がシンプルで済むため、価格がかなり安価(22000ドル)というところも注目です。



 
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論文を評価する指標として、被引用数は代表的なものの一つです。これは専門家による評価に基づいており、分野ごとの研究者人口によって左右されるものの、それなりに信頼できる指標です。
それに対して近年、専門家による閉じた世界での評価だけでなく、一般市民をも含めたよりオープンな評価の指標が現れつつあります。そう、ソーシャルスコアです。注目を集める論文はFacebookやTwitterにより、瞬く間に共有され、拡散されていきます。
ソーシャルネットワークでどれくらい話題になっているのか簡単に調べることができれば、"ホットな"論文探すのに一役買うはずで、それを論文検索のついでにしてしまおうという考えが出てくるのも不思議ではありません。そんなサービスのひとつとして論文検索Qrossのベータ版が3/25にローンチされたので、試しに使ってみました。

下の画像は、今年の1月に発表されたインスリンとその受容体の構造解析に関する論文のものですが、
こんな感じで、FacebookやTwitter、Mendeleyでの共有状況やツイート数などを示してくれます(ツイート数に関しては、いまのところ上手く集計できていないようですが)。


こういったソーシャルスコアのメリットは何でしょうか?
そのひとつは迅速性でしょう。
ある論文の被引用数は、その論文に基づいた研究がなされ、別の論文に引用されることで生成するわけで、もとの論文が発表されてから引用されるまでに年単位の時間がかかってしまいます。それに対してソーシャルスコアは論文がジャーナルのサイトにアップされた時からすぐに発生します。また、マスへどれだけアピールしたかを示せることやレスポンスの多様性も被引用数には無いものです。

一方で、デメリットは何でしょうか?
それは、必ずしも専門家が「いいね!」を押したり、呟いているわけではないことと、いわゆる炎上でも高いスコアが出てしまうことでしょう。

結局のところ、ソーシャルスコアとは論文を学術的に評価する指標ではなく、論文に対する注目度をざっくりと示すものと考えるべきでしょう。
では、論文のソーシャルネットワークにおける状況を把握することは何かの役立つのでしょうか?
まずは、発表されて間もない論文の評価を手っ取り早く知るツールとして使えるでしょう。その論文をじっくり読む必要があるか、それともスルーできるかを判断する材料のひとつになります。また、タイムラインを追えば、その論文に対する批評や解説を簡単に見つけられるでしょうし、評価がどのように変化していくかもわかるでしょう。加えて、自分の論文に対するネット上のレスポンスを見るのにも有効です。ソーシャルスコアとその内容を追うことに、こうした有用性がある以上、これは有りだと管理人的には思うわけです。

論文検索Qrossβまだまだユーザービリティや表示速度で改善の余地はありますが、面白いツールだとは思います。また、少し類似した機能をもつAltmetricも、洗練されたUIを持っており、お勧めです。
まずは自分の論文のソーシャルスコアを見てはいかかでしょうか?
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Anne Martinez, CEA Grenoble/ iRTSV, France / GE Healthcare


先日、natureのニュースを読んでいて、ふと目に止まったのがHela細胞のゲノム解読の記事でした。Hela細胞はラボでもっとも使われている培養細胞のひとつであり、私自身も学生時代に時々使用していたことから、気になって読み始めたのですが、これがなかなか興味深いものでした。

EMBLのSteinmetzらの報告によると、Hela細胞のゲノムは端的に言って変異だらけのすごいものだったようです。多くの染色体が異数性を示し(今回解析した細胞は平均で64本の染色体を持っていた!)、さらに転座や、遺伝子の重複も至る所で起きていることがわかったそうです。また、染色体の数的異常や遺伝子の重複により、約2,000の遺伝子で発現量が正常な細胞と比べて増加していることも確認されたそうです。
Steinmetz博士は、Hela細胞のゲノムがここまで正常細胞と異なっていると、Hela細胞を使って生命現象を解析することが果して適切なのかという疑問が生じるとコメントしています。

ゲノムの不安定性はがん細胞の特徴ですから、染色体の異数性や遺伝子の重複は起きて当然なのですが、論文中のFISH法のデータを実際に見ると、正常な細胞では2本のはずの染色体が、Hela細胞では3〜5本もあり、かなりの衝撃を受けました。Hela細胞が樹立されてからおよそ60年、その長きに渡ってラボで培養されるうちに、ゲノムに異常が蓄積していったと考えられるわけですが、これほどまでとは。
今回の研究ではHela細胞の中でもKyoto versionと呼ばれる株を使用したそうですが、元の細胞(つまり、ヘンリエッタ・ラックス本人の細胞)と比較しない限り、Hela細胞のゲノムの変異うち、元から存在していたものと、60年の間に生じたものを区別することは困難なわけですが、元の細胞はもはや存在しないはずであり、答えは永遠にわからないのでしょう。

次世代シーケンサーによるゲノムシーケンスのコストが劇的に低下しつつある昨今、こういった報告は今後もさらに増えていくはずです。それにより、実験結果の相違や再現性の低さなども説明がつくようになるのかもしれません。また、サンプルを逐次シーケンスして、ゲノムでサンプルを定義することが求められる時代になるかもしれません。そうなれば、実験のやり方もラボの風景も今とは随分違ってくるのでしょう。そんな時代がそう遠くない将来にやってくる気がします。

8月8日追記
実は、上述の論文はヘンリエッタ・ラックスのご遺族の許諾を得ていないことが問題視され、掲載後まもなく非公開になっていました。
その後、NIHの支援を受けている米国の研究チームも同様の論文を準備していたことから、NIHのフランシス・コリンズ長官が状況の打開に乗り出し、自らもご遺族のもとに赴き説明を行うことで、ゲノムデータの公開にご遺族が同意されたそうです。http://www.nature.com/news/deal-done-over-hela-cell-line-1.13511
これにより、米国のグループの研究だけでなく、上述のEMBLのグループによる論文も再公開されることになりました。
今回のご遺族の英断には、心より敬意を表したいと思います。
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昨日、かねてより大きな注目を集めていた、非営利のオープンアクセス(OA)ジャーナル「eLIFE」が正式にローンチされました。eLIFEは世界的に著名な研究助成機関であるイギリスのWellcome Trustアメリカのハワード・ヒューズ医学研究所(HHMI)等の支援により創刊されたもので、ライフサイエンス分野の顕著な成果を発表するためのOAジャーナルです。少々乱暴な言い方をすれば、OA版のNatureやCellを創ろうというものです。

OAで発表される論文は年々増えており、昨年は全論文のうち約17%がOAジャーナルに掲載されるまでになりました(1)。そのような中で、PLoS ONEやBMJなど様々なOAジャーナルが存在していますが、大きなインパクトを持つ論文は、どうしてもNatureやScienceなどのHigh Profileな商業誌に報告される傾向があります。しかしながら、これでは購読の壁(Pay wall)に阻まれ、商業誌を購読できない研究者や一般の納税者はその論文にアクセスすることができません。
eLIFEは、こうした問題を解決する手段のひとつになるでしょう。

また、以前のエントリーで詳しく紹介しましたが、eLIFEは単にOA版のCellを目指すのではなく、論文を投稿する研究者の立場に立った新しい論文出版モデルの構築にも取り組んでいます。具体的には、投稿〜査読〜掲載に至るプロセスが可能な限り簡素化され、迅速化されるとともに、公平性・透明性の確保にも配慮されています。これは多くの研究者がかねてより熱望してきたことでした。

先ほど、正式にオープンしたeLIFEのサイトを覗いてきましたが、論文閲覧のしやすさに驚きました。論文中のリファレンスにマウスオーバーするだけで詳細な文献データが参照でき、リンクからすぐに文献に飛ぶことができます。また、論文をスクロールしてもサイドバーが追従してくれるので、容易に別のセクションに移動でき、本当に快適に論文を読むことができます。さらに、リファレンス・データの取得や、Facebook、Twitter等による論文の共有が非常に簡単にできるようになっています。このeLIFEのユーザーインターフェースは、これからのあらゆるジャーナルが参考とすべき指標になるでしょう。
百聞は一見に如かず。まずは、ぜひご自身で体験してみてください。

この革新的で、なおかつ論文著者と読者の双方に極めてフレンドリーなこのジャーナルが、当初の目標通りにOAでありながら、NatureやCellと同等以上のHigh Profileなジャーナルになることを願ってやみません。
また、日本の研究者による積極的なサポートにも期待したいものです。


Ref.(1)http://www.biomedcentral.com/1741-7015/10/124


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つい先日、次世代シーケンス技術を特集したnature biotechnologyの特別号が無料公開されました。
http://www.nature.com/nbt/focus/sequencing2012/index.html

ベンチャーから大企業までが入り乱れ、覇権を争うこの分野は本当に日進月歩で、ちょっと目を離しているうちに知見が周回遅れになりますから、今回の特集はキャッチアップするにはちょうどよさそうです。

多くの研究現場では、DNAシーケンサーというと、作製したコンストラクトをチェックするためにクラシックなサンガー・シーケンサー(ABI 310とか)しか使わない人が未だ大半かもしれませんが、次世代シーケンサーとその成果は、今後そのような人たちにも間接的にではあれ、様々な影響を及ぼすと思われます。
ですから、このあたりで今のシーケンサーの世界を少し覗いてみるのもいいのではないでしょうか。
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