前回のエントリーから引き続き、2014年を振り返りつつ、来年以降の研究環境について、展望を綴ってみたいと思います。

2011 Youth Ethics Summit / NWABR 画像と記事は関係ありません
研究不正への対策とRCRの推進
研究者だけでなく世間をも巻き込んで、研究不正がここまで大きく話題になった年は未だかつてありませんでした。STAP細胞やディオバン事件、東大K研をはじめ、細かな事例も含めれば枚挙にいとまがありません。
このように近年多発している研究不正を受けて、文部科学省もようやく重い腰を上げ、研究不正ガイドラインの改訂作業など、本格的な対策に乗り出しました。また、次のトピックで紹介する新法人、日本医療研究開発機構(AMED)には研究不正の対策にあたる部署(日本版ORI的なものか?)の設置も予定されています。そういう意味では、今年は日本におけるRCR(※)推進元年と言えるかもしれません。
※Responsible Conduct of Research
近年、「責任ある研究活動」などと訳される。RCRを果たすことによって、科学の信頼性が確保され、研究者は社会の信託に応えることが可能になる。研究倫理の先進国である欧米においてRCRといえば、責任ある研究活動を遂行するための行動規範(とその教育)を意味することが多い。
また、来年からJSTの全ての事業において、申請前に研究倫理研修を受けていることが公募申請の必須条件となります(今年までは、採択後の研修が義務でしたが、それをさらに強化した模様です。http://www.jst.go.jp/pr/jst-news/rijicho/2014.html#ANC11)
この動きは文科省の他制度だけでなく、他省庁等の競争的資金制度にも波及する可能性が十分にあるでしょう。
また、文科省により、研究不正が発生した際の研究機関の責任とペナルティが明確化されたことから、所属機関の研究倫理教育が今後、さらに強化されるはずです。これにより、ファカルティやポスドク、学生だけでなく、一般職員やテクニシャンも倫理研修を受ける機会が増えるでしょう。
来年は皆さんにとってさらにRCRを否が応でも意識しなければならない年になるはずです。しかし、これは必要な取り組みであり、かつてのように、自分は不正をしないから関係ないという考えでは済まされない状況になっています。ラボ内で不正が発生すれば、ラボの研究資金は凍結されますし、共同研究において研究不正に巻き込まれる可能性もあります。周囲や関係先におけるRCRにもきちんとコミットすることが必要なのです。
研究に関わる者であれば誰でも、RCRについて主体的かつ意識的に実践することが求められる時代になったと言えるでしょう。
日本医療研究開発機構(AMED)の発足
昨年から度々、報道において「日本版NIH」という言葉を見聞きした人も多いでしょう。この「日本版NIH」と呼ばれていた新法人こそが来年4月に発足する日本医療研究開発機構(Japan Agency for Medical Research and Development, 通称AMED。エーメド)になります。
余談ですが、AMEDの年間予算は1,400億円程度、職員は約300人であり、米国の本家NIH(予算3兆円以上、職員2万人以上。しかもAMEDにはない、自前の研究所が20以上もある)とは比較にならないほど規模が小さいため、「日本版NIH」という呼称は不適切との意見が国会議員から挙がり、「日本版NIH」という呼び方を政府はしなくなりました。http://cocoyaku.jp/news/?action_news_detail=true&news_id=8189
この独立行政法人(現時点では独法ですが、設立時には国立研究開発法人になります)は、現政権の肝いりで創設され、文科省、経産省、厚労省に分散していた基礎医学~臨床までの競金制度を一つの法人の下にまとめて、シーズから実用化まで、より効率的な創薬や医療機器開発を目指すとされています。AMEDのトップである理事長には、慶應大学医学部長の末松誠 先生の就任が決定しており、既にこのような資料が発表されています(AMEDの概要を知るには現時点で一番良い資料だと思います)http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/sanyokaigou/dai9/siryou5.pdf
まだ正式に発足していないこの法人が、来年以降の生命科学研究にどのような影響があるのか予測することは容易ではありませんが、現在までに公開されている情報等を基にAMEDの発足がどのような影響を及ぼすのか、考察してみたいと思います。
競金制度の冗長性排除
AMED設立の大きなねらいの一つは、各省に存在する類似した競金制度(公募)を整理し、制度の"ダブリ"による無駄を無くすこととされています。確かに、対国民の説明としては非常に理にかなっていますが、これは研究者にとっては必ずしもいいことではありません。つまり、競争的資金制度の冗長性が失われることで、ある制度は不採択でも、別の類似制度に採択されるというセイフティネットがなくなってしまいます。また、公募が集約されることで、競争率も高くなる可能性があります。
さらに、こうした冗長性の排除により、採否のボーダー上にあり、惜しくも採択されなかった優秀な提案が他制度で救済されず、研究開発が停滞してしまう可能性があります。
公募の変更
AMEDは各省(所管の独法含む)の基礎〜臨床医学の研究開発を支援する制度(競金含む)を移管・集約することで発足しますが、これにより移管された事業は、その公募や選考の仕組みがAMEDにより変更される可能性があります。例えば、募集対象や領域が変更になることで、あなたの研究テーマが公募の対象から外れる可能性もあります。したがって、AMEDが発表する情報に注意を払い、今まで以上に公募要領を丁寧に読み込む必要があるでしょう(ただし、AMEDへの移管を前提にH26年度中に公募・採択を行う場合は、移管元の省庁・独法が公募を行うので、従来の制度と大きな変化は無いようです)。
また、制度がAMEDに移管されたものの、既存課題の支援のみでH27年度の新規採択を実施しない場合も予想されます。これは、AMEDで新規に設立される制度に優先的な予算配分を行う可能性があるためです。
なお、JSPSの科研費はAMEDには移管されませんから、これに関しては制度変更などを心配する必要は無いと思われます。
サポート体制
上で紹介した資料にもあるように、AMEDはわずか300人の職員で発足します。これは、NEDOの800人やJSTの1,300人と比べて非常に少ないと言わざるを得ません。おそらく、発足当初はJSPSのようにお金をただ配分するのが精一杯で、プログラム・オフィサーや配分機関職員による手厚い研究開発支援を期待するのは難しいと思われます。もし、あなたがAMEDへ移管される既存課題に参画しているのであれば、従来のような配分機関からの支援は期待できなくなる可能性を認識しておくべきでしょう。
AMEDについては上記したように様々な懸念はあるものの、いざ発足してみれば杞憂で終わる可能性もあります(そうであって欲しいものです)。また、今年度末から来年度にかけて、さらに多くの情報が明らかにされるはずですから、しっかりとフォローしていくことが必要でしょう。管理人も情報を入手次第、twitterなどでご紹介できればと思います。
2回のエントリーに渡って、今年の振り返りと来年の展望について書いてみましたが、いかがでしたでしょうか?
日本のサイエンスを取り巻く環境は相変わらず厳しいものがありますが、それでも研究者として責任ある行動(RCR)をとり、税金を使って研究することの意味を自覚し、ささやかでも業績を積み重ねていけば、なんとかやっていける仕組みはまだ維持されています。
最後になりましたが、本業が相変わらず多忙のため、今年もブログの更新が滞ってしまったことをお詫び申し上げます。来年も改善は難しい状況ですが、引き続きお付き合い頂けると幸いです。
来年もセレンディピティが皆様に微笑むことを願って。
Lablogue管理人 MO

2011 Youth Ethics Summit / NWABR 画像と記事は関係ありません
研究不正への対策とRCRの推進
研究者だけでなく世間をも巻き込んで、研究不正がここまで大きく話題になった年は未だかつてありませんでした。STAP細胞やディオバン事件、東大K研をはじめ、細かな事例も含めれば枚挙にいとまがありません。
このように近年多発している研究不正を受けて、文部科学省もようやく重い腰を上げ、研究不正ガイドラインの改訂作業など、本格的な対策に乗り出しました。また、次のトピックで紹介する新法人、日本医療研究開発機構(AMED)には研究不正の対策にあたる部署(日本版ORI的なものか?)の設置も予定されています。そういう意味では、今年は日本におけるRCR(※)推進元年と言えるかもしれません。
※Responsible Conduct of Research
近年、「責任ある研究活動」などと訳される。RCRを果たすことによって、科学の信頼性が確保され、研究者は社会の信託に応えることが可能になる。研究倫理の先進国である欧米においてRCRといえば、責任ある研究活動を遂行するための行動規範(とその教育)を意味することが多い。
また、来年からJSTの全ての事業において、申請前に研究倫理研修を受けていることが公募申請の必須条件となります(今年までは、採択後の研修が義務でしたが、それをさらに強化した模様です。http://www.jst.go.jp/pr/jst-news/rijicho/2014.html#ANC11)
この動きは文科省の他制度だけでなく、他省庁等の競争的資金制度にも波及する可能性が十分にあるでしょう。
また、文科省により、研究不正が発生した際の研究機関の責任とペナルティが明確化されたことから、所属機関の研究倫理教育が今後、さらに強化されるはずです。これにより、ファカルティやポスドク、学生だけでなく、一般職員やテクニシャンも倫理研修を受ける機会が増えるでしょう。
来年は皆さんにとってさらにRCRを否が応でも意識しなければならない年になるはずです。しかし、これは必要な取り組みであり、かつてのように、自分は不正をしないから関係ないという考えでは済まされない状況になっています。ラボ内で不正が発生すれば、ラボの研究資金は凍結されますし、共同研究において研究不正に巻き込まれる可能性もあります。周囲や関係先におけるRCRにもきちんとコミットすることが必要なのです。
研究に関わる者であれば誰でも、RCRについて主体的かつ意識的に実践することが求められる時代になったと言えるでしょう。
日本医療研究開発機構(AMED)の発足
昨年から度々、報道において「日本版NIH」という言葉を見聞きした人も多いでしょう。この「日本版NIH」と呼ばれていた新法人こそが来年4月に発足する日本医療研究開発機構(Japan Agency for Medical Research and Development, 通称AMED。エーメド)になります。
余談ですが、AMEDの年間予算は1,400億円程度、職員は約300人であり、米国の本家NIH(予算3兆円以上、職員2万人以上。しかもAMEDにはない、自前の研究所が20以上もある)とは比較にならないほど規模が小さいため、「日本版NIH」という呼称は不適切との意見が国会議員から挙がり、「日本版NIH」という呼び方を政府はしなくなりました。http://cocoyaku.jp/news/?action_news_detail=true&news_id=8189
この独立行政法人(現時点では独法ですが、設立時には国立研究開発法人になります)は、現政権の肝いりで創設され、文科省、経産省、厚労省に分散していた基礎医学~臨床までの競金制度を一つの法人の下にまとめて、シーズから実用化まで、より効率的な創薬や医療機器開発を目指すとされています。AMEDのトップである理事長には、慶應大学医学部長の末松誠 先生の就任が決定しており、既にこのような資料が発表されています(AMEDの概要を知るには現時点で一番良い資料だと思います)http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kenkouiryou/sanyokaigou/dai9/siryou5.pdf
まだ正式に発足していないこの法人が、来年以降の生命科学研究にどのような影響があるのか予測することは容易ではありませんが、現在までに公開されている情報等を基にAMEDの発足がどのような影響を及ぼすのか、考察してみたいと思います。
競金制度の冗長性排除
AMED設立の大きなねらいの一つは、各省に存在する類似した競金制度(公募)を整理し、制度の"ダブリ"による無駄を無くすこととされています。確かに、対国民の説明としては非常に理にかなっていますが、これは研究者にとっては必ずしもいいことではありません。つまり、競争的資金制度の冗長性が失われることで、ある制度は不採択でも、別の類似制度に採択されるというセイフティネットがなくなってしまいます。また、公募が集約されることで、競争率も高くなる可能性があります。
さらに、こうした冗長性の排除により、採否のボーダー上にあり、惜しくも採択されなかった優秀な提案が他制度で救済されず、研究開発が停滞してしまう可能性があります。
公募の変更
AMEDは各省(所管の独法含む)の基礎〜臨床医学の研究開発を支援する制度(競金含む)を移管・集約することで発足しますが、これにより移管された事業は、その公募や選考の仕組みがAMEDにより変更される可能性があります。例えば、募集対象や領域が変更になることで、あなたの研究テーマが公募の対象から外れる可能性もあります。したがって、AMEDが発表する情報に注意を払い、今まで以上に公募要領を丁寧に読み込む必要があるでしょう(ただし、AMEDへの移管を前提にH26年度中に公募・採択を行う場合は、移管元の省庁・独法が公募を行うので、従来の制度と大きな変化は無いようです)。
また、制度がAMEDに移管されたものの、既存課題の支援のみでH27年度の新規採択を実施しない場合も予想されます。これは、AMEDで新規に設立される制度に優先的な予算配分を行う可能性があるためです。
なお、JSPSの科研費はAMEDには移管されませんから、これに関しては制度変更などを心配する必要は無いと思われます。
サポート体制
上で紹介した資料にもあるように、AMEDはわずか300人の職員で発足します。これは、NEDOの800人やJSTの1,300人と比べて非常に少ないと言わざるを得ません。おそらく、発足当初はJSPSのようにお金をただ配分するのが精一杯で、プログラム・オフィサーや配分機関職員による手厚い研究開発支援を期待するのは難しいと思われます。もし、あなたがAMEDへ移管される既存課題に参画しているのであれば、従来のような配分機関からの支援は期待できなくなる可能性を認識しておくべきでしょう。
AMEDについては上記したように様々な懸念はあるものの、いざ発足してみれば杞憂で終わる可能性もあります(そうであって欲しいものです)。また、今年度末から来年度にかけて、さらに多くの情報が明らかにされるはずですから、しっかりとフォローしていくことが必要でしょう。管理人も情報を入手次第、twitterなどでご紹介できればと思います。
2回のエントリーに渡って、今年の振り返りと来年の展望について書いてみましたが、いかがでしたでしょうか?
日本のサイエンスを取り巻く環境は相変わらず厳しいものがありますが、それでも研究者として責任ある行動(RCR)をとり、税金を使って研究することの意味を自覚し、ささやかでも業績を積み重ねていけば、なんとかやっていける仕組みはまだ維持されています。
最後になりましたが、本業が相変わらず多忙のため、今年もブログの更新が滞ってしまったことをお詫び申し上げます。来年も改善は難しい状況ですが、引き続きお付き合い頂けると幸いです。
来年もセレンディピティが皆様に微笑むことを願って。
Lablogue管理人 MO