毎年、年末になると科学系のメディアにおいて様々なランキングが発表されますが、管理人が毎年注目しているのがThe Scientist誌のTop 10 Innovationsです。
このランキングは、その年の生命科学研究シーンで最も革新的な科学機器や試薬などを選定するもので、アカデミアの研究者や製薬企業の開発者などから構成される委員会によって決定されています。
最先端の実験装置や試薬、手法に通じていることは非常に重要であり、今のアメリカで一体どんな装置や実験法が注目されているのか、少しでも知ってもらえればと思い、このエントリーで紹介することにしました。
研究機器やキットの進歩は本当に日進月歩ですから、論文を眺めていて「なんだか最近、この実験方法よく見かけるなぁ」なんて気づいた時には、既に多くの研究者が試していて、出遅れてしまうことも十分にあり得るでしょう。やはり、アンテナは広く張っておきたいものです。
また、専門外の分野の機器や実験手法になってしまうとついつい、見逃してしまいがちになりますが、実は自分の分野に十分に応用できる可能性があるかもしれません。そんなきっかけにこのエントリーがなれば幸いです。
今年のランキングで、10位のうち、1位から5位までを簡単に紹介しましょう。
1位 nVista HD (Inscopix)
今年のランキングで1位に選ばれたのは、僅か2グラムのマウス用生体埋込み蛍光顕微鏡です。
この超小型顕微鏡はマウスの脳に埋め込んで使用されますが、マウスへの負担が少なく、その行動を妨げずに、脳の神経細胞の活動をモニタリングすることができるとのことです。マウスの行動と神経細胞の活動を同時にモニタリングすることにより、マウスの特定の行動と特定の神経細胞の活動を結びつけることが可能になるのでしょう。
最近、神経科学分野ではオプトジェネティクスが大流行ですが、技術の進歩により侵襲的な方法でも十分に使えるものが出てきているように感じます。今後も様々な埋込み型のプローブを使った技術が出てくるのではないでしょうか。
2位 X-MAN reporter kits (Horizon Discovery)
イギリスのメーカーにより開発されたこのレポーターアッセイのキットは、アデノウイルスを用いた組換え技術を利用して作製された細胞と試薬からなり、その細胞(HCT116)の遺伝子座にはレポーター遺伝子がノックインされています(現在は、数種類の代表的なマーカーの遺伝子座にレポーターをノックインしたものが製品化されています)。このレポーターアッセイキットにはPromega社との提携により開発された2つのタイプがあり、ひとつはここ2年ほどでよく使われるようになってきた新規ルシフェラーゼのNanoLuc、もうひとつはHaloTagを利用したものになっています。
レポーター遺伝子をもつ均一な細胞がこのキットの売りであり、再現性が従来よりも格段に向上しているとこのとです。また、Nanolucを用いたタイプはその高い発光特性を活かし、endogenousなレベルの発現でも十分に検出が可能になっているとされています。
余談ですが、このランキングの9位にPromegaの抗体薬評価用キットがランクインしており、こちらもアッセイに特化したJurkat細胞のキットになっています。X-MAN Reporter Kitsと用途は異なるものの、再現性の高い細胞のアッセイキットという点では共通しています。細胞アッセイにおける簡便さと高い再現性を実現するキットは昨今のトレンドと言えるでしょう。
2位 SmartFlare RNA Detection Probes (EMD Millipore)
今年は2位が2つ選出されています。
2つめはEMD Milliporeからリリースされた細胞内の特定のRNAを非侵襲で染色できるSmartFlare RNA Detection Probesです。このRNAプローブを培地に加えると、エンドサイトーシスで細胞内に取り込まれ、目的のRNAに結合し、可視化することができます(顕微鏡だけでなく、FACSでの解析も可能)。その後、2,3日程度培養するとプローブはエキソサイトーシスで細胞外に排出され、細胞にはダメージが残らないとされています。RNAの可視化は現在、多くの研究者によって精力的に行われており、これからも様々な手法が出てきそうです。
3位 SR GSD 3D (Leica Microsystems)
イメージングの世界では超解像がすっかり定着してきましたが、X-Y平面の分解能は高いものの、Z軸(高さ)分解能は、600-700nm程度にとどまっています。ライカマイクロシステムズが今年の8月にリリースしたGSD 3Dは独自のレンズとソフトウエアにより、高さ分解能70nmを達成しているそうです。
4位 Prosigna Breast Cancer Prognostic Gene Signature Assay (NanoString)
シアトルに拠点をおくバイオベンチャーが開発した従来法に比べて精度の高い乳がんの予後診断キット。1キットの価格は2,000ドルで、専用の解析装置は25万ドルとのことです。
5位 ClearColi (Lucigen)
ClearColiはエンドトキシンであるリポ多糖(LPS)を発現しないタンパク発現用の大腸菌で、LPSの代わりに免疫応答を引き起こさないLPA(LPSの前駆体)を発現します。様々な手法を駆使して、タンパク質を精製しても完全にエンドトキシンフリーにすることは従来からとても難しいことでしたから、これは画期的と言えるでしょう。
ちなみに、6位以下は
6位 Humanized Bacterial Luciferase (490 BioTech)
7位 SynVivo (CFD Research Corporation)
8位 NumaTac (SynTouch)
9位 ADCC Reporter Bioassay (Promega)
10位 NOMe-Seq (Active Motif)
となっています。興味のある方はThe Scientistsの記事も参照してみてください。
それにしても、ランキングに日本のメーカーの機器や試薬が無いのは、やはり残念です。ライフサイエンス系の機器や試薬に関しては、海外メーカーがシェアの大半を占め、それが当たり前のように思われるかもしれません。
しかし、海外製品を購入することで研究資金(=その源泉は税金)が海外に流出しているわけで、これはどう考えても望ましいことではありません。また、海外の機器や試薬は日本で購入すると、現地の価格よりも割高になっており、研究者を圧迫しています。
野依良治先生や山中伸弥先生(ちなみに、山中先生はニチリョーのピペットを愛用)などは、この問題に関心を寄せておられますが、今後、同じような問題意識をもった研究者が増えることを願ってやみません。また、日本の機器、試薬メーカーの奮起を期待したいものです。
さて、少々早いですが、これが今年最後のエントリーです。
今年は皆様にとってどのような1年だったでしょうか。研究が上手くいった人もいれば、そうでない人もいらっしゃるでしょう。
来年は日本版NIHの発足により、日本のライフサイエンス政策が大きな転換点を迎えるはずです。また、SIP(CSTP主導の府省連携プログラム)やImPACT(FIRSTの後継)等の大型施策も目白押しです。
科学技術政策や研究者の雇用制度が大きく変わる中で、期待と不安が混在していますが、常にベストを尽くし、prepared mindを持ち続け、セレンディピティが微笑むまで進んでいくしかありません。きっと読者の皆様にはできるはずです。
管理人もこのブログとTwitterを通じて微力ながら、皆様を応援していきます。
今年も拙ブログをご覧いただき、ありがとうございました。
それでは、良いお年を。
Lablogue 管理人 MO
このランキングは、その年の生命科学研究シーンで最も革新的な科学機器や試薬などを選定するもので、アカデミアの研究者や製薬企業の開発者などから構成される委員会によって決定されています。
最先端の実験装置や試薬、手法に通じていることは非常に重要であり、今のアメリカで一体どんな装置や実験法が注目されているのか、少しでも知ってもらえればと思い、このエントリーで紹介することにしました。
研究機器やキットの進歩は本当に日進月歩ですから、論文を眺めていて「なんだか最近、この実験方法よく見かけるなぁ」なんて気づいた時には、既に多くの研究者が試していて、出遅れてしまうことも十分にあり得るでしょう。やはり、アンテナは広く張っておきたいものです。
また、専門外の分野の機器や実験手法になってしまうとついつい、見逃してしまいがちになりますが、実は自分の分野に十分に応用できる可能性があるかもしれません。そんなきっかけにこのエントリーがなれば幸いです。
今年のランキングで、10位のうち、1位から5位までを簡単に紹介しましょう。
1位 nVista HD (Inscopix)
今年のランキングで1位に選ばれたのは、僅か2グラムのマウス用生体埋込み蛍光顕微鏡です。
この超小型顕微鏡はマウスの脳に埋め込んで使用されますが、マウスへの負担が少なく、その行動を妨げずに、脳の神経細胞の活動をモニタリングすることができるとのことです。マウスの行動と神経細胞の活動を同時にモニタリングすることにより、マウスの特定の行動と特定の神経細胞の活動を結びつけることが可能になるのでしょう。
最近、神経科学分野ではオプトジェネティクスが大流行ですが、技術の進歩により侵襲的な方法でも十分に使えるものが出てきているように感じます。今後も様々な埋込み型のプローブを使った技術が出てくるのではないでしょうか。
2位 X-MAN reporter kits (Horizon Discovery)
イギリスのメーカーにより開発されたこのレポーターアッセイのキットは、アデノウイルスを用いた組換え技術を利用して作製された細胞と試薬からなり、その細胞(HCT116)の遺伝子座にはレポーター遺伝子がノックインされています(現在は、数種類の代表的なマーカーの遺伝子座にレポーターをノックインしたものが製品化されています)。このレポーターアッセイキットにはPromega社との提携により開発された2つのタイプがあり、ひとつはここ2年ほどでよく使われるようになってきた新規ルシフェラーゼのNanoLuc、もうひとつはHaloTagを利用したものになっています。
レポーター遺伝子をもつ均一な細胞がこのキットの売りであり、再現性が従来よりも格段に向上しているとこのとです。また、Nanolucを用いたタイプはその高い発光特性を活かし、endogenousなレベルの発現でも十分に検出が可能になっているとされています。
余談ですが、このランキングの9位にPromegaの抗体薬評価用キットがランクインしており、こちらもアッセイに特化したJurkat細胞のキットになっています。X-MAN Reporter Kitsと用途は異なるものの、再現性の高い細胞のアッセイキットという点では共通しています。細胞アッセイにおける簡便さと高い再現性を実現するキットは昨今のトレンドと言えるでしょう。
2位 SmartFlare RNA Detection Probes (EMD Millipore)
今年は2位が2つ選出されています。
2つめはEMD Milliporeからリリースされた細胞内の特定のRNAを非侵襲で染色できるSmartFlare RNA Detection Probesです。このRNAプローブを培地に加えると、エンドサイトーシスで細胞内に取り込まれ、目的のRNAに結合し、可視化することができます(顕微鏡だけでなく、FACSでの解析も可能)。その後、2,3日程度培養するとプローブはエキソサイトーシスで細胞外に排出され、細胞にはダメージが残らないとされています。RNAの可視化は現在、多くの研究者によって精力的に行われており、これからも様々な手法が出てきそうです。
3位 SR GSD 3D (Leica Microsystems)
イメージングの世界では超解像がすっかり定着してきましたが、X-Y平面の分解能は高いものの、Z軸(高さ)分解能は、600-700nm程度にとどまっています。ライカマイクロシステムズが今年の8月にリリースしたGSD 3Dは独自のレンズとソフトウエアにより、高さ分解能70nmを達成しているそうです。
4位 Prosigna Breast Cancer Prognostic Gene Signature Assay (NanoString)
シアトルに拠点をおくバイオベンチャーが開発した従来法に比べて精度の高い乳がんの予後診断キット。1キットの価格は2,000ドルで、専用の解析装置は25万ドルとのことです。
5位 ClearColi (Lucigen)
ClearColiはエンドトキシンであるリポ多糖(LPS)を発現しないタンパク発現用の大腸菌で、LPSの代わりに免疫応答を引き起こさないLPA(LPSの前駆体)を発現します。様々な手法を駆使して、タンパク質を精製しても完全にエンドトキシンフリーにすることは従来からとても難しいことでしたから、これは画期的と言えるでしょう。
ちなみに、6位以下は
6位 Humanized Bacterial Luciferase (490 BioTech)
7位 SynVivo (CFD Research Corporation)
8位 NumaTac (SynTouch)
9位 ADCC Reporter Bioassay (Promega)
10位 NOMe-Seq (Active Motif)
となっています。興味のある方はThe Scientistsの記事も参照してみてください。
それにしても、ランキングに日本のメーカーの機器や試薬が無いのは、やはり残念です。ライフサイエンス系の機器や試薬に関しては、海外メーカーがシェアの大半を占め、それが当たり前のように思われるかもしれません。
しかし、海外製品を購入することで研究資金(=その源泉は税金)が海外に流出しているわけで、これはどう考えても望ましいことではありません。また、海外の機器や試薬は日本で購入すると、現地の価格よりも割高になっており、研究者を圧迫しています。
野依良治先生や山中伸弥先生(ちなみに、山中先生はニチリョーのピペットを愛用)などは、この問題に関心を寄せておられますが、今後、同じような問題意識をもった研究者が増えることを願ってやみません。また、日本の機器、試薬メーカーの奮起を期待したいものです。
さて、少々早いですが、これが今年最後のエントリーです。
今年は皆様にとってどのような1年だったでしょうか。研究が上手くいった人もいれば、そうでない人もいらっしゃるでしょう。
来年は日本版NIHの発足により、日本のライフサイエンス政策が大きな転換点を迎えるはずです。また、SIP(CSTP主導の府省連携プログラム)やImPACT(FIRSTの後継)等の大型施策も目白押しです。
科学技術政策や研究者の雇用制度が大きく変わる中で、期待と不安が混在していますが、常にベストを尽くし、prepared mindを持ち続け、セレンディピティが微笑むまで進んでいくしかありません。きっと読者の皆様にはできるはずです。
管理人もこのブログとTwitterを通じて微力ながら、皆様を応援していきます。
今年も拙ブログをご覧いただき、ありがとうございました。
それでは、良いお年を。
Lablogue 管理人 MO