
11.2.11 / Caitlinator
natureの今週号で、なんとも心温まる記事を見かけたので、今回のエントリーではそれについて書きたいと思います。
管理人がHugh Rienhoff氏とその娘のことを初めて知ったのは、まだ学生の頃でした。実験の合間に、何気なくnatureを眺めていると、一枚の写真にふと目が止まりました。緑色のシャツを着た白人の子供が、こちらをまっすぐに見つめているという、一見natureにはそぐわないようなその写真を不思議に思い、記事を読み始めたことを覚えています。
その記事は、ビジネスの世界で活躍していた元臨床遺伝学者が原因不明の難病を患う娘の誕生をきっかけに、自宅で日夜、原因究明に取組むというものでした。
カリフォルニア州に住む起業家、Hugh Rienhoff氏は彼の3番目の子供がマルファン症候群やビールス症候群に似た先天性疾患を患っているものの、誰もその疾患を特定できないことに苛立っていました。
関節が拘縮し、一向に体重が増えない娘の弱々しい姿を見ながら、何もできないことに耐えかねたRienhoff氏は、かつて臨床遺伝学を専門とするMDだったころの知識と経験を活かし、自分で疾患の原因を解明しようと決意します。
アカデミアを離れて久しかったものの、日夜文献を読みあさり、気になる論文があれば、その著者に会うために娘をつれて全米を周り、そうかと思えば、中古のサーマルサイクラーとピペットを手に入れて、自宅で娘のDNAを解析するという毎日だったそうです。
そもそも、疾患の原因遺伝子を見つけること自体が、砂漠の中から一本の針を見つけ出す行為に例えられるのに(少なくとも当時は)、それを本業の傍ら、しかも自宅でやろうというのですから、気の遠くなるような話です。一見、無謀にも思える行動ですが、親として何もをせずにはいられなかったに違いありません。
研究対象として娘と向かい合わねばならないことに苦悩したり(結局彼は自分の採血はできても娘の採血はできなかったそうです)、時には、遺伝子の解析に熱中して娘に十分なケアをしていないのではないかという批判にもあったそうですが、それでも彼はくじけませんでした。
そんな彼に転機が訪れます。それは次世代シーケンサーで圧倒的なシェアを誇るillumina社の協力でした。illumina社により2008年にRienhoff氏の娘のトランスクリプトーム解析が行われ、とある遺伝子の変異を見つけることができました。しかし、その変異は彼の娘の疾患には関係ないことが後に判明してしまいます。
Rienhoff氏はそこで再びillumina社に赴き、今度は彼の家族のエクソーム解析を提案することにしました。ちょうどその頃、illumina社はエクソーム解析の技術開発を行っており、Rienhoff氏の家族は幸運にもその検証対象のひとつに選ばれました。
エクソーム解析の結果は実に有望なものでした。娘のTGF-beta3をコードする遺伝子には変異があり、そのためにTGF-beta3がリガンドとして機能しないことが判明したのです。これは、彼の娘と類似した症状を示すマルファン症候群やLoeys–Dietz症候群にTGF-beteのシグナル伝達系が関わっていることからも納得できる結果と言えます。現在は、彼の娘と同じ変異をもつマウスの作製し、vivoでの知見を得るための努力がRienhoff氏の協力者によって行われています。
十年近く前に自宅の一室から始まった探究の末に、疾患の原因がほぼ明らかになった今、Rienhoff氏は自分の娘と同じ変異を持つ患者を見つけたいと願っているそうです。もし、彼の娘よりも年上の患者が生存していて、マルファン症候群などで見られる深刻な循環器の症状が無ければ、それは何よりの福音になるでしょう。(Rienhoff氏の娘さんは現在9歳で、湾曲した脚と筋肉の不足をカバーするための補助具が必要なものの、循環器の症状は今のところ出ていないそうです)
これは一例に過ぎないかもしれませんが、シーケンス・テクノロジーが急速に発展しつつある現在、稀な遺伝病の原因解明はますます加速されるでしょう。そして、それに基づく創薬や治療法の開発もより一層進むはずです。
父と娘とそのDNAを巡るこの物語は、そんな希望を感じさせるとともに、多くの研究者にモチベーションとインスピレーションを与えてくれるはずです。
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