2013年06月


11.2.11 / Caitlinator


natureの今週号で、なんとも心温まる記事を見かけたので、今回のエントリーではそれについて書きたいと思います。


管理人がHugh Rienhoff氏とその娘のことを初めて知ったのは、まだ学生の頃でした。実験の合間に、何気なくnatureを眺めていると、一枚の写真にふと目が止まりました。緑色のシャツを着た白人の子供が、こちらをまっすぐに見つめているという、一見natureにはそぐわないようなその写真を不思議に思い、記事を読み始めたことを覚えています。
その記事は、ビジネスの世界で活躍していた元臨床遺伝学者が原因不明の難病を患う娘の誕生をきっかけに、自宅で日夜、原因究明に取組むというものでした。

カリフォルニア州に住む起業家、Hugh Rienhoff氏は彼の3番目の子供がマルファン症候群やビールス症候群に似た先天性疾患を患っているものの、誰もその疾患を特定できないことに苛立っていました。
関節が拘縮し、一向に体重が増えない娘の弱々しい姿を見ながら、何もできないことに耐えかねたRienhoff氏は、かつて臨床遺伝学を専門とするMDだったころの知識と経験を活かし、自分で疾患の原因を解明しようと決意します。

アカデミアを離れて久しかったものの、日夜文献を読みあさり、気になる論文があれば、その著者に会うために娘をつれて全米を周り、そうかと思えば、中古のサーマルサイクラーとピペットを手に入れて、自宅で娘のDNAを解析するという毎日だったそうです。
そもそも、疾患の原因遺伝子を見つけること自体が、砂漠の中から一本の針を見つけ出す行為に例えられるのに(少なくとも当時は)、それを本業の傍ら、しかも自宅でやろうというのですから、気の遠くなるような話です。一見、無謀にも思える行動ですが、親として何もをせずにはいられなかったに違いありません。

研究対象として娘と向かい合わねばならないことに苦悩したり(結局彼は自分の採血はできても娘の採血はできなかったそうです)、時には、遺伝子の解析に熱中して娘に十分なケアをしていないのではないかという批判にもあったそうですが、それでも彼はくじけませんでした。

そんな彼に転機が訪れます。それは次世代シーケンサーで圧倒的なシェアを誇るillumina社の協力でした。illumina社により2008年にRienhoff氏の娘のトランスクリプトーム解析が行われ、とある遺伝子の変異を見つけることができました。しかし、その変異は彼の娘の疾患には関係ないことが後に判明してしまいます。
Rienhoff氏はそこで再びillumina社に赴き、今度は彼の家族のエクソーム解析を提案することにしました。ちょうどその頃、illumina社はエクソーム解析の技術開発を行っており、Rienhoff氏の家族は幸運にもその検証対象のひとつに選ばれました。

エクソーム解析の結果は実に有望なものでした。娘のTGF-beta3をコードする遺伝子には変異があり、そのためにTGF-beta3がリガンドとして機能しないことが判明したのです。これは、彼の娘と類似した症状を示すマルファン症候群やLoeys–Dietz症候群にTGF-beteのシグナル伝達系が関わっていることからも納得できる結果と言えます。現在は、彼の娘と同じ変異をもつマウスの作製し、vivoでの知見を得るための努力がRienhoff氏の協力者によって行われています。

十年近く前に自宅の一室から始まった探究の末に、疾患の原因がほぼ明らかになった今、Rienhoff氏は自分の娘と同じ変異を持つ患者を見つけたいと願っているそうです。もし、彼の娘よりも年上の患者が生存していて、マルファン症候群などで見られる深刻な循環器の症状が無ければ、それは何よりの福音になるでしょう。(Rienhoff氏の娘さんは現在9歳で、湾曲した脚と筋肉の不足をカバーするための補助具が必要なものの、循環器の症状は今のところ出ていないそうです)

これは一例に過ぎないかもしれませんが、シーケンス・テクノロジーが急速に発展しつつある現在、稀な遺伝病の原因解明はますます加速されるでしょう。そして、それに基づく創薬や治療法の開発もより一層進むはずです。
父と娘とそのDNAを巡るこの物語は、そんな希望を感じさせるとともに、多くの研究者にモチベーションとインスピレーションを与えてくれるはずです。


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今回のエントリーでは、免疫沈降のプロトコールを紹介します。
免疫沈降は「一に抗体、二に抗体、三四が無くて五にバッファー」であり、まずは抗体の性能が実験の成否を大きく左右します。また、バッファーも結果に影響することが少なくありません。

免疫沈降では、使える抗体は決して多くはありませんし、バッファーも実験ごとに最適化する必要があり、(塩濃度や界面活性剤の種類等)、こうした要素が免疫沈降をやや難しい実験にしています。上手くいかないときは、とことん上手くいかない類の実験ですので、原因を見極めて、どうするのか判断することが重要でしょう。そうでないと時間ばかり食ってしまいますから。

免疫沈降ではいくつかのバッファーが知られていますが、ここでは代表的な免沈用バッファーのひとつであるmodified RIPA bufferを使用しています。なお、modified RIPA buffer以外のバッファーを使う場合でも、このプロトコールで基本的には対応可能です。

Modified RIPA bufferの組成
・ Tris-HCl pH 7.4 : 50 mM,
・ NP-40: 1%
・ Na-deoxycholate: 0.25%
・ NaCl: 150 mM
・ EDTA: 1 mM
・ プロテアーゼ・インヒビターミックス (使用直前に添加)

※インヒビターミックスを使わない場合は、 PMSF: 1 mM, Aprotinin, leupeptin, pepstatin: 各1 ug/ml
 なお、PMSFは神経毒性があるので、取り扱いに注意。
また、リン酸化タンパク質を対象とする場合はホスファターゼ・インヒビター ( Na3VO4: 1 mM , NaF: 1 mM)も添加する。

<免疫沈降プロトコール>

0. modified RIPA bufferに各種プロテアーゼ・インヒビターやホスファターゼ・インヒビター(リン酸化タンパク質を対象とする場合)を加え、氷冷しておく。

プロテアーゼ・インヒビターにはPMSFやロイペプチン、ペプスタチン、E-64など様々なものがあるが、数種類のインヒビターが予め配合されたインヒビター・カクテルを使用するのが簡単でオススメ。


1. 培養細胞の培地をアスピレーター等で取り除いたら、培地と等量以上の37℃ PBS(-)を加え、その後PBS(-)を取り除く(培地を洗い流す)。続いて、4℃のPBS(-)で同様に洗浄を行う。その後、再度この操作を繰り返す。
この時、PBS(-)を直接細胞にかけないこと。また、冷えたPBS(-)を加えることで、細胞が剥がれやすくなるので、ディッシュに衝撃を加えないように注意する。なお、細胞は剥がれてしまったら、アスピレーターで吸い取ってしまわないように注意する。

どうしても細胞が剥がれる場合は、剥がれた細胞をPBSごと遠心チューブに移し、遠心してから上清を捨てる。

2. 細胞に氷冷しておいたmodified RIPA bufferを細胞107個あたり1 mL加える。

3.セルスクレーパーで、ディッシュに接着している細胞をはがしたら、modified RIPA Bufferごとマイクロチューブに移す(以降、これをcell lysateと呼ぶ)。この作業は低温室で行うことが望ましい。

4. cell lysateがゲノムDNAにより粘性を示す場合は、25Gの針を付けたシリンジでcell lysateを数回出し入れして、DNAを切断する。その後、cell lysateを低温室(4 ℃) にて20分間ローテーターで旋回するか、氷上に静置する。

5. cell lysateを15,000rpm、4 ℃で20分間遠心する。遠心後、上清を新しいマイクロチューブに移す。
作業を途中で止めたいときは、この上清を液体窒素で凍結し、-80 ℃で保存すること。

6. プロテインA or Gセファロースのビーズは20 %EtOH中で保存されているので、ビーズを5倍量のPBS(-)で洗う。(先端をカットしたチップをつけたピペッターで2、3回ピペッティングする。ボルテックスは使わないこと)
4 ℃、8,000 rpmで1分遠心し、上清を取り除く。この洗浄を3回行ったら、50 % slurry(ビーズ : PBS-( )=体積比で1:1の状態。目測で良い)にする。

*プロテインAとGのどちらを使うかは抗体の産生生物種や抗体のクラス・サブクラスによって決める。
こちらの表を参照→http://www.abcam.com/index.html?pageconfig=resource&rid=11385#c

7. 新しいマイクロチューブに500-1000 uLのcell lysateをとり、そこへプロテインA or Gセファロースのビーズを懸濁してから、cell lysate体積の2~5 %を加える。その後、低温室で20分間旋回させる。この操作によって、プロテインA or Gに付着するタンパク質を取り除くことができ、バックグラウンドを低くすることができる。

8. ビーズを分離するためにcell lysateを15,000 rpm、4 ℃で5分間遠心する。遠心後、上清を新しいマイクロチューブに移す。

9. cell lysateに目的のタンパクに対する抗体を加える。抗体の量はcell lysate 1 mLあたり、1~5 ugが標準的だが、抗体の力価によって異なってくるので最適化が必要。

10. 抗体を加えたcell lysateを低温室(4 ℃)で2 時間~overnight旋回させる。(ただし、タンパク質の分解を少なくするためには、overnightは避けた方が良い。)

11. 先端をカットしたチップを装着したピペッターで50 % slurryのプロテインA or Gセファロースを懸濁し、cell lysate体積の2~10 %を加える。そして、4 ℃で1時間旋回させる。


12. ビーズを回収するために、8,000 rpmで1分遠心する。

13. 上清の一部を新しいマイクロチューブにとり、残りは捨てる。上清の一部は、2×SDS sample bufferを加えてボイルする(100℃のヒートブロックで3分加熱)。

14. 遠心で回収したビーズを800uL程度の冷PBS(-)で3~5回洗う。(先端をカットしたチップをつけて優しくピペッティング→遠心→上清を捨てる) バックグランドを下げたいときは冷やしたmodified RIPA bufferを使ってもよい。

15. ビーズと等量程度の2×SDS sample bufferを加えて穏やかに懸濁する。その後、100 ℃で5分間加熱する。

16. ボイルしたサンプルを15,000 rpmで1分間遠心し、上清をウェスタンブロットに使用する。残った上清は-20 ℃で保存。(凍結したサンプルを再度使用する際には、100℃で3分加熱すること)


参考:バッファーやインヒビター類の調整はこちらのサイトが参考になります。
http://www.millipore.com/userguides/tech1/mcproto402

バッファーの最適化についてはこちらのサイトが参考になります。
http://www.abcam.com/index.html?pageconfig=resource&rid=11385
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最近、サイエンス・パブリッシングでは、オープンアクセスに関する議論とともにインパクト・ファクター(以下、IF)の議論も盛り上がりつつあります。
特に先日、アメリカ細胞生物学会(American Society for Cell Biology ,ASCB)が中心となり、発表されたサンフランシスコ研究評価宣言San Francisco Declaration on Research Assessmentは注目に値する動きのひとつと言えます。
世界各国の260近い研究助成機関や学術誌と6500人を越える研究者*が(6月3日現在)が賛同したこの宣言は、IFの濫用を警告するとともに、IFに依存しない研究評価を訴えています。

*日本からは 柳田充弘 先生(Genes to Cellsの編集長として)貝淵弘三 先生 (CSFの編集長として)がサンフランシスコ研究評価宣言に賛同しています。

宣言の内容をかいつまんで説明すると、

・論文の評価にIFのような学術誌単位の指標を使うべきでない

・研究助成機関や研究機関は研究費やポストの公募においては、評価基準を明確にするとともに、IFによる評価ではなく、論文の内容で評価せよ

・研究業績の評価は論文だけでなく、研究のアウトプット(データ、知財、ソフト等)も考慮して、行われるべきである

ここでは、IFによる業績評価はもう止めにしましょうということを言っているわけです。
nature(に載った論文)だから、この論文はきっと重要に違いないとか、Cellのファースト・オーサーだからこの研究者は凄いはず等と思いがちですが、これらの学術誌でも論文のクオリティーにはバラツキがあり、著者の能力もまちまちです。あくまでも、どの学術誌に載ったかではなく、論文の内容や研究のアウトプットで評価すべきということを主張しています。


IFの問題点(弊害ではなく)としてよく挙げられるのは、

・natureやScienceなど総合学術誌では、総説や解説記事、論説といった論文以外の記事もIFに寄与している

・IFが高い学術誌でも、被引用回数の多い論文は一部に過ぎない


・オンライン版の公開から掲載までの時間を意図的に空けることで、IFを水増しする事例が少なくない
→実質的な公開期間が長くなるので、引用回数が増えてIFが上がる

・IF値の算出に関して透明性が確保されておらず、また、正確性を第三者が検証する方法が存在しない
→トムソン・ロイターの発表を鵜呑みにするしかない

今回の宣言については個人的には概ね賛成なのですが、IFに変わる評価指標を提案するところまで至っていない点には、少し物足りなさを感じてしまいます。
もちろん、IFを代替する指標を作ることは容易ではありませんが、それでも、IFによる呪縛を乗り越えるためには避けて通れない道に違いありません。



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