2013年03月


Anne Martinez, CEA Grenoble/ iRTSV, France / GE Healthcare


先日、natureのニュースを読んでいて、ふと目に止まったのがHela細胞のゲノム解読の記事でした。Hela細胞はラボでもっとも使われている培養細胞のひとつであり、私自身も学生時代に時々使用していたことから、気になって読み始めたのですが、これがなかなか興味深いものでした。

EMBLのSteinmetzらの報告によると、Hela細胞のゲノムは端的に言って変異だらけのすごいものだったようです。多くの染色体が異数性を示し(今回解析した細胞は平均で64本の染色体を持っていた!)、さらに転座や、遺伝子の重複も至る所で起きていることがわかったそうです。また、染色体の数的異常や遺伝子の重複により、約2,000の遺伝子で発現量が正常な細胞と比べて増加していることも確認されたそうです。
Steinmetz博士は、Hela細胞のゲノムがここまで正常細胞と異なっていると、Hela細胞を使って生命現象を解析することが果して適切なのかという疑問が生じるとコメントしています。

ゲノムの不安定性はがん細胞の特徴ですから、染色体の異数性や遺伝子の重複は起きて当然なのですが、論文中のFISH法のデータを実際に見ると、正常な細胞では2本のはずの染色体が、Hela細胞では3〜5本もあり、かなりの衝撃を受けました。Hela細胞が樹立されてからおよそ60年、その長きに渡ってラボで培養されるうちに、ゲノムに異常が蓄積していったと考えられるわけですが、これほどまでとは。
今回の研究ではHela細胞の中でもKyoto versionと呼ばれる株を使用したそうですが、元の細胞(つまり、ヘンリエッタ・ラックス本人の細胞)と比較しない限り、Hela細胞のゲノムの変異うち、元から存在していたものと、60年の間に生じたものを区別することは困難なわけですが、元の細胞はもはや存在しないはずであり、答えは永遠にわからないのでしょう。

次世代シーケンサーによるゲノムシーケンスのコストが劇的に低下しつつある昨今、こういった報告は今後もさらに増えていくはずです。それにより、実験結果の相違や再現性の低さなども説明がつくようになるのかもしれません。また、サンプルを逐次シーケンスして、ゲノムでサンプルを定義することが求められる時代になるかもしれません。そうなれば、実験のやり方もラボの風景も今とは随分違ってくるのでしょう。そんな時代がそう遠くない将来にやってくる気がします。

8月8日追記
実は、上述の論文はヘンリエッタ・ラックスのご遺族の許諾を得ていないことが問題視され、掲載後まもなく非公開になっていました。
その後、NIHの支援を受けている米国の研究チームも同様の論文を準備していたことから、NIHのフランシス・コリンズ長官が状況の打開に乗り出し、自らもご遺族のもとに赴き説明を行うことで、ゲノムデータの公開にご遺族が同意されたそうです。http://www.nature.com/news/deal-done-over-hela-cell-line-1.13511
これにより、米国のグループの研究だけでなく、上述のEMBLのグループによる論文も再公開されることになりました。
今回のご遺族の英断には、心より敬意を表したいと思います。
このエントリーをはてなブックマークに追加


Rainbow of journals / moonlightbulb


今回のエントリーでは、少し前に話題になっていたモントリオール大学の高インパクト・ジャーナルの影響力に関する研究を紹介したいと思います。

この研究によると、
・1990年では引用回数で上位5%の論文のうち、45%がインパクトファクター(IF)で上位5%のジャーナルから発表されていたが、2009年には45%から36%に減少。これは、高IFジャーナル以外からも引用回数が高い論文が出るようになってきたことを示している。

・引用回数上位の論文に占める高IFジャーナルの割合の減少は90年代前半から徐々に始まっており、インターネットの普及が影響している。

・インターネットにより、ジャーナルが紙媒体からデジタルになり、さらにPubMedやGoogle Scholarにより容易に検索できるようになった結果、有名ジャーナル以外の論文も注目されるようになった。

言われてみればそうだようなぁという程度ですが、上記の要因に加えて、PLoS ONEなどの投稿から掲載までが比較的早いジャーナルの登場も効いているのではないかと思います。特に競争の激しい分野では、ライバルよりも先に論文を出すために、そのようなジャーナルにインパクトのある論文が発表されるように感じています。

まぁ、いずれにせよ、pay wallで論文へのアクセスを阻む有名ジャーナルの影響力が弱まるのは良いことだと思います。
また、既にIF至上主義から脱却する動きが始まっているのかもしれません。そうであると信じたいのですが。
このエントリーをはてなブックマークに追加

↑このページのトップヘ