2013年02月

今回のエントリーは、大腸菌を用いたタンパク質発現プロトコールの③の続きです(①〜③はこちら)。

8. 7で残った上清からタグを利用して発現させたタンパク質の濃縮を行う。以下はHisタグを使用した場合の例
a. イミダゾール/HCl(pH 7.9)を最終濃度1mMになるように、7の上清に加える。
b. aにLysis Bufferで平衡化したNi-agarose(50%スラリー)を撹拌してから50uL加える。
c. コールドルーム(4℃)で1時間ローテーションしたら、2,000 rpm, 4℃で1分遠心。
d. 上清を30uLとり、同量の2X SDS sample bufferを加えて、ボルテックスしたら、100℃で3分加熱し、-20℃で保存。
e. 上清を捨て、新しいLysis bufferを1mL加え、軽くピペッティング。その後、2,000 rpm, 4℃で1分遠心。これをもう一度繰り返す。
f. 上清を捨て、50uLの2X SDS sample bufferを加えて、ボルテックスしたら、100℃で3分加熱。

IPTG誘導前のサンプル(プロトコール③のステップ5)、誘導後のサンプル(6)、可溶画分(7の上清)、不溶画分(7の沈殿物)、濃縮サンプル(8)のそれぞれをSDS-PAGEにかけて、クマシー染色することで、以下のことを確認する。(初めて実験する際には、空ベクターで形質転換した大腸菌に由来するサンプルも同時にSDS-PAGEにかけ、本ベクターで形質転換した大腸菌由来サンプルと比較する。→IPTGで誘導がかかるタンパク質が空ベクターをもつ大腸菌には現れないことを確認)

・IPTGよる発現誘導がきちんとかかっているか。
・可溶画分と不溶画分のどちらに目的のタンパク質が多く存在しているか。

Lysis Bufferの種類によって、目的のタンパク質の画分が変わることがある。もし、目的のタンパク質を可溶画分で取りたければ、バッファーのpH(バッファーのpHがタンパク質の等電点になっていると沈殿する)や界面活性剤の種類、濃度等を変えてみる。

以上の実験により、目的のタンパク質の発現が確認できたら、発現誘導条件の最適化を行なう。
最適化は以下の項目を調整することで行うが、SDS-PAGEの結果から、濃縮しなくてもタンパクの発現を評価できる場合は、ステップ5,6ないし7までのサンプルでSDS-PAGEを行い、8は省略してもよい。

発現誘導条件の検討
タンパク質の発現量や可溶性は発現誘導時の条件によって大きく変化する。発現させたタンパク質の使用目的に合わせて誘導条件の最適化をおこなう。

・IPTG誘導時のO.D.600 ・・・0.4を試してから、0.2~0.6の間で最適化
・培養温度・・・37 ℃を試してから、18~30 ℃の間で最適化
・IPTG誘導後の培養時間・・・2 時間を試してから、1.5~4 時間で最適化
・IPTG濃度 0.4 mMを試してから、0.1~0.6 mMで最適化


発現タンパク質の定量
10 mLスケールの発現で得られたタンパク質をSDS-PAGEにより定量する。これによって、必要な量のタンパク質を得るためには何リットルで培養すればよいかを決めることができる。
サンプルと共に、濃度が既知のBSA(Bovine Serum Albumin)を、段階的に量を変えてアプライし、泳動後にクマシーブリリアントブルーで染色する。そして、サンプルのバンドの濃さとBSAのバンドの濃さを比較し、タンパク質の発現量を推定する。より正確に定量したい場合は、染色したゲルをスキャンし、Image Jなどの画像解析ソフトを利用して定量する。

<可溶性タンパク質の収量を増やすには>
標準的なプロトコール(IPTG添加後、37 ℃で2〜3 時間培養することでタンパク質を発現させる)で、十分な量の可溶性タンパク質(可溶画分で取れるタンパク質)を得ることができない場合は、以下の条件検討を試みるとよいでしょう。この方法は発現システムで有名な某M社の営業さんから直接教えていただいたもので、場合によってはかなりの効果を発揮します。

1. IPTG添加後、37℃よりも低い温度(18~30 ℃)で大腸菌を培養することでタンパク質を発現させる。
(温度を下げた分、培養時間は適宜延長する)
1でダメなら、下記の2を試す。
2. 培地に予めグルコースを1 %になるように添加しておき、IPTG添加後、18~30 ℃で培養する。
グルコースの添加により、IPTG添加前に目的のタンパク質がじわじわと発現(リーク)するのを防ぐ。
2でもダメなら、3を試す。

3. 2の条件下で培養した後、IPTGと同時にエタノールを3-4 %(最終濃度)になるように加えて、18~30 ℃で培養する。エタノールの添加により発現したヒートショックプロテインが封入体形成を抑えることがある。



スケールアップ

上述した方法等により、小スケールで発現させたタンパク質の量を見積り、そのデータから必要な量のタンパク質を得るにはどれくらい培養をスケールアップすればよいのか計算する。
そして、最適化した条件の元で発現を行い、精製するが、精製についてはキットのプロトコールに従って実施する。



大腸菌を用いたタンパク質の発現①
大腸菌を用いたタンパク質の発現②
大腸菌を用いたタンパク質の発現③
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先日、国立科学博物館で企画展「植物学者 牧野富太郎の足跡と今」を見てきました。
牧野富太郎については、分類学という学問がかなりマイナーになってしまったため、現在では顧みられることが少なくなっていますが(かく言う管理人も高校生物の資料集に書かれている程度のことしか知らなかったのですが)、今回の企画展を通じて、現在でも彼から学ぶべきことが数多くあることに気付かされました。
その中のひとつで、管理人が最も感激したのが、赭鞭一撻(しゃべんいったつ)という彼が18,9歳の頃に記したとされる研究に対する心構えです。
彼は植物分類学者ですから、植物分類学の研究に対する心構えなのですが、その思想は自然科学のどの分野に通じるものがあります。以下の引用において、植物の部分をあなたの研究対象に置き換えれば、これがいかに的を射ているか感心するはずです。
小学校を自主退学して以降、正規の教育を受けずに、しかも20歳にも満たない青年が100年以上前にこれほどのことを着想していたことに、凄まじい才気を感じました。


一. 忍耐を要す。
何事においてもそうですが、植物の詳細は、ちょっと見で分かるようなものではありません。行き詰まっても、耐え忍んで研究を続けなさい。

二. 精密を要す。
観察にしても、実践にしても、比較にしても、記載文作成にしても、不明な点、不明瞭な点が有るのをそのままにしてはいけません。いい加減で済ますことがないように、とことんまで精密を心がけましょう。
   
三. 草木の博覧を要す。 
材料(草木)を多量に観察しなましょう。そうしないで少しの材料で済まそうとすれば、知識も偏(かたよ)り、不十分な成果しか上げられないでしょう。

四. 書籍の博覧を要す。
書籍は古今東西の学者の研究の結実です。出来得る限り多くの書を読み、自分自身の血とし肉とし、それを土台に研究しましょう。

五. 植学に関係ある学科は皆学ぶを要す。
植物の学問をする場合、物理学や化学、動物学、地理学、農学、画学(植物画を描く場合)、文章学(植物を文章で表現する記載文)など、ほかの関係分野の学問も研究しましょう。

六. 洋書を講ずるを要す。
(明治初年の段階では)、植物の学問は日本人や中国人のそれよりも、西洋人の学問が遥かに進んで(いた)いるので、洋書を読みましょう。ただし、それは現在の時点においてそうであって、永久にそうではありません。やがては我々東洋人の植物学が追い越すでしょう。

七. 当に画図を引くを学ぶべし。
学問の成果を発表する際、植物の形状、生態を観察するに最も適した画図の技法を学びましょう。他人に描いて貰うのと、自分で描くとは雲泥の差です。それに加えて練られた文章の力を借りてこそ、植物について細かくはっきりと伝えられます。

八. 宜(よろ)しく師を要すべし。
植物について疑問がある場合、植物だけで答えを得ることはできません。誰か先生について、先生に聞く以外ありません。それも一人の先生じゃ駄目です先生と仰ぐに年の上下は関係ありません。分からない事を聞く場合、年下の者に聞いては恥だと思うような事では、疑問を解くことは、死ぬまで不可能です。

九. りん財者は植物学たるを得ず。
以上述べたように絶対に必要な書籍を買うにも(顕微鏡のような)機械を買うにもお金が要ります。けちけちしていては植物学者になれません。

十. 跋渉(ばっしょう)の労を厭ふなかれ。
植物を探して山に登り、森林に分け入り、川を渡り沼に入り、原野を歩き廻りしてこそ新種を発見でき、その土地にしかない植物を得、植物固有の生態を知ることができます。しんどい事を避けては駄目です。

十一. 植物園を有するを要す。
自分の植物園を作りなさい。遠隔の地の珍しい植物も植えて観察しなさい。鑑賞植物も同様です。いつかは役に立つでしょう。植物園に必要な道具もそろえましょう。

十二. 博く交を同士に結ぶ可(べ)し。
植物を学ぶ人を求めて友人にしましょう。遠い近いも年令の上下も関係ない。お互いに知識を与えあうことによって、知識の偏(かたよ)りを防ぎ、広い知識を身につけられます。

十三. 迩言(じげん)を察するを要す。

職業や男女、年令のいかんは植物知識に関係ありません。植物の呼び名、薬としての効用など、彼らの言うことを記録しなさい。子供や女中や農夫らの言う、ちょっとした言葉を馬鹿にしてはなりません。

十四. 書を家とせずして、友とすべし。
本は読まなければなりません。しかし、書かれている事がすべて正しい訳ではないのです。間違いもあるでしょう。書かれている事を信じてばかりいる事は、その本の中に安住して、自分の学問を延ばす可能性を失うことです。新説をたてる事も不可能になるでしょう。過去の学者のあげた成果を批判し、誤りを正してこそ、学問の未来に利するでしょう。だから、書物(とその著者)は、自分と対等の立場にある友人であると思いなさい。

十五. 造物主あるを信ずるなかれ。
神様は存在しないと思いなさい。学問の目標である心理の探究にとって、有神論を取ることは、自然の未だ分からない事を、神の偉大なる摂理であると見て済ます事につながります。それは、真理への道をふさぐことです。自分の知識の無さを覆い隠す恥ずかしいことです。
(高知県立牧野植物園現代語訳)
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