2012年05月

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以前のエントリーでは、NatureやScienceクラスのインパクトを誇りながら、なおかつオープンアクセスという目標を掲げた生命科学分野の新ジャーナル「eLife」の創刊決定についてお伝えしました。HHMIWellcome Trustなど世界的な生命科学研究助成機関の支援によって創刊されるこの新ジャーナルですが、ここへきて創刊に向けた動きが活発化してきましたので、新たな情報を紹介したいと思います。なお、当初は今夏に創刊される予定でしたが、半年ほど延びて冬頃になる模様です。


・ジャーナルの体制

eLIFEでは、ジャーナルの方針決定などに関わるSenior editiorsと呼ばれる21名の研究者からなる組織の下に、175名の Board of reviewing editorsが設置され、互いに協力しながら論文の査読にあたる体制が取られています。どちらの委員会も、生命科学の全分野から極めて著名な研究者が選ばれています。
日本からは、senior editorとして東大の谷口維正 教授が選ばれており、 Board of reviewing editorsには、岡野栄之 (慶応大学教授)坂口志文(大阪大学教授)水島昇(東京医科歯科大学教授)の3名が選ばれています。(日本人研究者の割合が3/175→1.7%というのはなんとも寂しいものですが...
この日本からのメンバーを見てもわかるように、eLIFEの Board of reviewing editorsには世界中から多くのビッグネーム研究者が参加しています。トップジャーナルのeditorial boardと比べても遜色ないレベルであり、トップジャーナルになるというeLifeの本気度がここにも現れています。


・レビュープロセス
気になるピアレビューのプロセスですが、現在までの情報をまとめると以下の通りです。
投稿された論文はまず、senior editorが評価を行い、査読にまわすか否かを判定します。次に、査読が決定した論文に対してsenior editorがBoard of reviewing editorsの中から1名を主査として指名します。指名されたreviewing editorは外部(Board of reviewing editors以外)から1-2名の研究者を選び、査読チームを結成して論文の査読にあたります。

次に、査読チーム内でコミュニケーションをとりながら、論文のリバイズが必要か判定します。リバイズにあたっては、本質的な点にのみ焦点を絞った修正・加筆等を著者に要求するとしています(レビュープロセスを迅速化するため、論文の論点に直接関与しない追加実験などは極力要求しない方針で、PLoS ONE的な迅速性を志向しています)。
リバイズされた論文を主査がチェック(この時は外部研究者は関わらない)し、問題ないことを確認したら、アクセプトが決定、めでたく掲載となるそうです。
論文の受け入れからアクセプトの決定までの全ての過程が著名研究者によってなされることは、特筆すべき点と言えます。

・PLoS的な機能
eLIFEではPLoSのように、コメント投稿機能や論文のアクセス解析ツールが提供され、インタラクティブな掲載システムを実装する予定になっています。

・掲載は無料

オープンアクセス(OA)・ジャーナルは購読料収入の代わりに、論文著者から掲載料を徴収することで運営されています。しかし、eLifeはHHMIなどから経済的な援助があるために、当面は無料で論文を掲載することが決定しています。平均的なOAジャーナルの掲載料はおよそ900ドル、PLoS Oneは少し高くて1,350ドルですから、eLIFEが無料というのは、研究者にとって魅力的であり、より多くの投稿を促す環境が整えられています。
新ジャーナルの立ち上げに際しては、とにかく論文が集まらなければ話になりませんし、論文のクオリティーを高めるためにも多くの投稿が必要ですから、これは賢いやり方と言えます。

遂にその全貌が明らかになりつつあるeLifeですが、彼らの掲げる目標(トップクラスのインパクトを誇るOAジャーナル)をどこまで実現できるのか興味深いところです。また、この研究者にとってフレンドリーな論文出版プロセスが今後の論文出版におけるロールモデルになることを期待したいものです。
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以前のエントリーでは、オススメの実験用タイマーを紹介しましたが、今回はiPhoneをタイマーとして使うためのアプリを紹介します。

実験用のタイマー・アプリとしてはいくつかありますが、管理人が見た限り、シグマ・アルドリッチが無料で提供しているLabTimersが一番良さそうです。

<主な特徴>
1. 6個までタイマーを設定可能
2. カウントアップとカウントダウンの双方に対応
3. 終了時のサウンドが6種類用意されているので、それぞれのタイマーに独自のサウンドを割り当てられる
4. サウンドの代わりにヴァイブレーションの使用が可能


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(タイマーのセット画面。タイマーに名前を付けられるので、PCRとかWestern Blotとか名前を付けて、タイマーを区別しても良いかもしれません)

シンプルで使い勝手がよく、タイマーとしては十分な機能を持ちながら、無料アプリとは太っ腹ですね。シグマさん(笑)
試薬メーカーがリリースするアプリの中には、アプリの提供よりも販促が目的で、過剰な自社商品のアピールなどが不快だったりするのですが、このアプリにはその類のプロモーションが無くて、さらに好印象です。

ダウンロードは下記リンクからどうぞ。
http://itunes.apple.com/jp/app/molarity/id424676349?mt=8

・5月17日追記
本日アップデートされた結果、画面下部にシグマ・アルドリッチのWebサイトへのリンクが追加されました。リンク先では様々なWebツールが紹介されていますが、今のところ使い勝手はあまり良くない印象です。
正直、アップデートしなくても良かったような。。。
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今回のエントリーでは、現在大きな注目を集めている新しい研究資金出資プログラムについて紹介したいと思います。


少し前に、Natureのブログを読んでいたら、こんな一文に出会いました。

"We wanted flying cars; instead we got 140 characters."
空飛ぶ車が欲しかったのに、手に入れたのは140文字だった。

アメリカの有名ベンチャー・キャピタル、Founders Fundのウェブサイトにも掲げられているこの一文は、科学やテクノロジーは大きく進歩したと言われているが、実はそれほどでも無かった、ということを言っています。

なぜなら子供の頃に夢見た空飛ぶ車は未だ実現せず、 140文字のつぶやき(twitterのこと)を手に入れて喜んでいるのだから、というわけす。
想像力の枯渇と科学技術のある種の停滞を憂えたこの発言の主が、PayPalの共同創業者にして、Founders Fundを率いる著名投資家、ピーター・ティール(Peter Thiel)です。

ドイツ生まれの起業家・投資家であるピーター・ティールはFacebookなどの企業がまだ無名だった初期に、その可能性を見抜いて投資を行い、莫大な資産を築いたことで知られます。
天才的とも評される先見性を持ち、シリコンバレーで最も注目を集める投資家の一人である彼が今、科学技術研究へのファンディングに乗り出すことが明らかになり、大きな注目を集めています。

Breakout Labsと名付けられたそのプログラムはピーター・ティールの財団、Thiel Foundationが”本当の”イノベーション(それこそ、空飛ぶ車のような)を起こすために革新的なテクノロジー・ビジョンを持つベンチャー企業へ研究資金を提供するものです。
イノベーションを生み出すための研究開発は往々にして、ハイリスク・ハイリターンになりがちですが、アカデミアや大企業がそれに手を出すことは容易ではありません。Breakout Labsはそのような誰もが踏み込めない、革新的でありながりハイリスクな研究開発を積極的に支援することを目的としています。

専門家による選考を経て採択された企業には、5-35万ドルの研究資金が提供されるのですが、選考の基準は、イノベーションを創出するための優れたビジョンを持っているかどうかに重きが置かれており、申請時点で完成した技術やデータを持っていなくても採択する方針がとられています。
面白いことに、このグラントにはタイムリミットがなく、任意の期間でグラントを自由に使うことができます。(とは言え、2年以内に一定の結果を出すようには求められているのですが)

第一弾として採択された企業には、患者から採取した免疫細胞のDNAを改変し、再び患者へ戻すことで疾患を治療する方法を開発しているIMMUSOFTや、KESM(Knife Edge Scanning Microscope)を用いた非常に高い分解能をもつ3Dイメージング法を開発している3Scan 、臓器の長期保存法を研究するArigos Biomedicaなどが含まれています。

35万ドルという金額は、グラントとしては決して高額ではありません。むしろ少ないと感じた方も多いのではないでしょうか。
Breakout Labsはこのグラントを、あくまでもスタートアップ資金としており、ベンチャーが有望なデータを出し、それによってNIH等の政府系グラントや他VCからの投資を獲得するまでの"繋ぎ"として位置づけています。(言明こそしていませんが、ベンチャーが大企業に買収され、そこから利益を得ることもBreakout Labsは期待しているはずです)

このようなやり方は、ITベンチャーのスタートアップを支援するアクセラレーター/インキュベーターと似ていますが、短期間で結果を求めるアクセラレーターやVCとは異なり、Breakout Labsはある程度の時間をかけてベンチャーを支援していくようです。
なお、アメリカ以外からもBreakout Labsのグラントに応募できるので、日本のベンチャーにもドアは開かれています。我こそはという方は応募してみてはいかがでしょうか。

Yコンビネータ等の成功により、アクセラレーターが雨後の竹の子のように出現したことを考えると、Breakout Labsが成功を納めれば、同様のグラントプログラムが増える可能性は十分にあるでしょう。そうなれば、政府系グラント、従来の慈善団体系グラント(HHMI等)に続く、新たなグラントのカテゴリーになるはずです。そう考えると、Breakout Labsのファンディングから生み出されるイノベーションだけでなく、Breakout Labsがグラント・システムにどのような影響を与えていくのかも注目に値します。
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