2010年05月

簡略トランスフォーメーションのプロトコール

前回のエントリーで説明したポイントを押さえることによって、以下のようなプロトコールが可能になります。この方法では従来のものに比べて30~60分程度時間を節約することが可能です。


用意するもの
・コンピテントセル
・氷
・プラスミド or ライゲーション産物
・LB寒天培地(抗生物質入)
・ガラスビーズ(滅菌済み)or スプレッダー
・LBもしくはSOC培地(滅菌済み)


0. トラフォメの準備
トラフォメを始める前に、以下の準備をしておきましょう。

・ヒートショックに使用するヒートブロックもしくはウォータバスを42℃に温めておく。

・LB寒天培地(抗生物質入)の表面を乾かしておく。→ 実験器具の乾燥機(55℃程度)もしくは、安全キャビネット内において、ディッシュのフタをとり、寒天培地が入った方を伏せた状態で20-30分程度放置する(寒天培地の表面の水気がとぶまで)。

寒天培地を乾かし始めるタイミング

プレ培養無し場合:コンピテントセルを溶かす10~20分程度前から乾かす。
プレ培養有り場合:プレ培養を始めてから乾かす。



*大腸菌を播種する際に、ガラスビーズを使用する場合は特によく乾かしておくこと。寒天培地表面に水分が多いと、ビーズが上手く転がらない。

*乾かす寒天培地の数は、コントロールや予備を含めて、良く考えて決めること。



1. コンピテントセルをディープフリーザーから出し、室温下で溶かす。完全に溶けきってしまう前に氷上へ移す

*コンピテントセルの入ったチューブをチューブラックに入れてしまうと、融けるまでに時間がかかる。また、溶け具合をチェックできないので、ベンチの上にチューブを放置する方が良い。

*一部の実験書では、氷上で溶かすように書かれているが、溶けるまでにかなりの時間がかかるので、室温での解凍を推奨。(完全に溶けて、コンピテントセルの温度が上がってしまわなければ問題ない)

*急いでいるときは、コンピテントセルの入っているマイクロチューブを指でつまんで温めてもOK。この方法は一部の実験書でタブーとされているが、少し溶け残る程度まで温めるのならば、指で温めても問題無い。


2. コンピテントセルが溶けたら、プラスミドを加え、チューブを指で軽くタップして混ぜる

*コンピテントセルには強い衝撃を加えない方が良いので、プラスミドを加えたら、ボルテックスやピペッティングはしないほうが良い。

*コンピテントセルがわずかに融け残った状態で、プラスミドを加えても問題ない。

*加えるプラスミド溶液の量はコンピテントセル溶液の5%以下にする。

*加えるプラスミドの量は1~10ng程度で十分。ただし、コンピテントセルの品質(形質転換効率)によっては、プラスミド量の調節が必要。

*ライゲーション反応の産物でトラフォメする場合は、反応産物を全量加える。


3. 氷上で10分静置

*ライゲーション産物でトラフォメする時や大きめのプラスミド(数kbp以上)を使用する時は、やや長めに(15~30分)静置すると形質転換効率が上がる場合がある。


4. 42 ℃にセットしたヒートブロックで30 秒間ヒートショックを加える

*ヒートブロックの代わりに、ウォーターバスを使用しても良いが、ヒートブロックの方がコンタミのリスクが少ない。

5. 氷上に素早く移し、2分間冷やす

6. コンピテントセル溶液の2~3倍量のLBまたはSOC培地を加え、ゆっくりとピペッティングして懸濁する

*アンピシリンを使用する場合は、プレ培養が不要なので、すぐに7へ移る。

*クロラムフェニコールやカナマイシンなど、大腸菌の翻訳系を阻害する抗生物質をを使用する場合は、37℃で30分インキュベートする。

*一般的に、SOCの方がLBよりも形質転換効率がやや良くなると言われるが、高い形質転換効率が求められるライブラリー作製などの場合を除き、LBで十分である。

*振盪培養が望ましいが、それができなければ、インキュベーター内に静置してもよい。(この場合、15分たったら軽くボルテックスにかけて、さらに15分培養する)


7. 大腸菌の懸濁液の50~100 uLを寒天培地プレート(抗生物質入)に植菌する

*コンピテントセルの形質転換効率が不明の場合、コロニーが出来すぎて、ピックアップできない可能性があるので、大腸菌の懸濁液をLB培地で100倍に希釈して播いたプレートも作っておくと良い。

*スプレッダーではなく、ガラスビーズを使うと誰でも均一に大腸菌を播くことができる。


ライゲーション産物でトラフォメする場合は、大腸菌を全量播きたいので、ステップ6以降、以下のようにする。

→室温、5,000 rpmで2分遠心後、上清を捨て、大腸菌ペレットを100 uLのLBに懸濁。懸濁液全量を培地プレートへ播く。


8. 37℃のインキュベーターに入れて、オーバーナイト培養
*ディッシュはフタを下にして、インキュベーター内に置くこと。





さらに短時間でトラフォメを済ませたい方は、、、
「手抜き実験のすすめーバイオ研究五輪書」(羊土社)に特急トランスフォーメーションというプロトコールがありますので、興味のある方はご覧になってください。


参考図書
・Molecular Cloning 3rd (Cold Spring Harbor Laboratory Press)
・手抜き実験のすすめーバイオ研究五輪書(羊土社)



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今回のエントリーからは数回に渡って、サブクローニングに関連した基本的な分子生物学実験のプロトコールについて取り上げる予定です。

5月も半ばを過ぎ、大学4年生の方は研究室へ配属されてから約一ヶ月半経ったわけですが、まず最初に習うのは菌体操作やプラスミドのプレップ、サブクローニングなどの分子生物学実験の基本でしょう。
そこで、分子生物学実験を学び始めた方々のために、お役に立ちそうなプロトコールやティップスを紹介していきたいと思います。

院生以上の方にとっては、既知の内容が多くなるかと思いますが、そうした方々の参考にもなるように説明していくつもりですので、お付き合いいただければと思います。
まずは、大腸菌のトランスフォーメーションから始めましょう。


大腸菌のトランスフォーメーション

1. トラフォメには時間がかかる?

サブクローニングを始めとして、プラスミドを扱う作業・実験においては、プラスミドを増やすというステップが必須です。プラスミドを増やす方法はいくつかありますが、基本的には大腸菌を利用して増やす方法で事足りることが多く、その際には大腸菌のトランスフォーメーション(以下、トラフォメ)が欠かせません。したがって、大腸菌のトラフォメは日々の研究生活において頻繁にこなさなくてはならない作業にひとつと言えます。

大腸菌のトラフォメは退屈で面倒な(4年生にとっては、まだそうではないかもしれませんが)ルーティンワークのひとつですから、時間と労力をかけずに済ませたいものです。また、トラフォメした大腸菌が十分な大きさのコロニーを形成するには、結構な時間がかかってしまいますから、基本的にはオーバーナイトで培養しなければなりません。したがって、1日の終りにササッとトラフォメして帰るのが効率的と言えます。終電、終バスに乗り遅れないためにも、短時間で片付けたいのが、このトラフォメです。

にもかかわらず、標準的な実験書では、実に時間のかかる”丁寧な”プロトコールを紹介しています。曰く、コンピテントセルにプラスミドを加えてから、氷上で30-60分静置しろとか、コンピテントセルにSOC培地を加えてから37℃で30分インキュベートしろ、等々です。これでは、トラフォメごときに1時間以上もかかってしまいます。

そこで、もっと時間のかからないやり方を紹介したいと思いますが、その前に準備として、いくつか重要なこと説明しておきましょう。


2. プレ培養は必要か?

まず、トラフォメプロトコールの概略をざっと示しますと、以下のようになります。

1. コンピテントセルを解凍
2. コンピテントセルにプラスミドを加えて、氷上で静置
3. ヒートショックしたら、氷上で冷やす
4. SOC培地を加えて、37℃でインキュベート (プレ培養)
5. 培地プレートへコンピテントセルを播く


プレ培養とはこの手順におけるステップ4を指し、これを省略できるかどうかは、どの抗生物質を使用するかによって決まってきます。

・転写や翻訳を阻害しない抗生物質 → プレ培養の省略が可能
例:アンピシリン(細胞壁の合成を阻害)

・ 転写や翻訳を阻害する抗生物質 →  プレ培養の省略は不可
例:カナマイシンやクロラムフェニコールなど(共に翻訳系を阻害)


ご存知かとは思いますが、プレ培養はプラスミドに組込まれた抗生物質耐性遺伝子を発現させるためのものです。したがって、転写や翻訳を阻害する抗生物質を使用する場合、プレ培養を省略してしまうと、抗生物質耐性遺伝子を含む全ての遺伝子の発現が阻害され、プラスミドを取込まなかった大腸菌だけでなく、プラスミドを取込んだ大腸菌も増えることができなくなります。よって、この場合はプレ培養を省略することはできません。

一方、アンピシリンなどの転写や翻訳を阻害しない抗生物質を使用する場合、プレ培養せずに大腸菌を培地プレートへ播いても、プレート上で抗生物質耐性遺伝子を問題なく発現できるので、プレ培養は不要になります。
つまりアンピシリンを使用する場合は、プレ培養の省略によって30分の時短が可能になるのです。


次回のエントリーでは、トラフォメの実際のプロトコールを紹介します。

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「エッセンシャル細胞生物学」(南江堂)

前回のエントリーでは、お勧めの参考書としてLodish らによるMolecular Cell Biology (W.H. Freeman社刊 翻訳は東京化学同人から:以下、MCB)を紹介しました。しかしながら、MCBは、その緻密な記述と実験を先に示してから知見を説明するという、結論後置型のスタイルを多用するが故に、この分野の入門者にとっては、少々とっつきにくく感じられるようです。そのため、生命科学を学び始めて間もない方(学部1年生)は、まず「エッセンシャル細胞生物学(南江堂)」からスタートすると良いでしょう。


「エッセンシャル細胞生物学」は、最低限知っておかなくてはならない知見について、平易な言葉でわかりやすく書かれています。「なぜそうなるのか」ということについてはあまり触れず、はじめから知見ありきで、淡々と説明していくスタイルですから、容易に読み進められることができます。
(個人的には、このような記述スタイルはあまり好きじゃないのですが…)


なお、「エッセンシャル細胞生物学」は入門書のため、それほど詳しい説明はありませんから、学習を進めるにつれて次第に少し物足りなく感じるようになるかもしれません。そうなった時が、MCBなどのよりレベルの高い参考書へ移行するタイミングだと思います。


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おすすめの参考書:メガブック編

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MCBのすすめ

さて今回のエントリーは、ブックレビューということで、Lablogueおすすめの参考書について書いてみたいと思います。

ここ数年、細胞生物学・分子生物学の専門書は多種多様になり、大型書店や大学生協には実に多くの専門書が並んでいます。こうした状況は、私たちにより多くの選択肢を提供してくれる一方で、どれを買えばいいのかという選択の迷いを生んでいるようにも思えます。

そこでこのエントリーでは、Lablogueおすすめの細胞生物学・分子生物学の専門書を紹介したいと思います。今回は特に、メガブックと呼ばれる1000ページ近いボリュームを誇る専門書の中から、おすすめの一冊を紹介したいと思います。メガブックは学部~院の期間の勉強における中心的な教材のひとつですから、慎重に選びたいものですね。


Lablogueがお勧めするメガブックは、なんといってもW.H. Freeman社のMolecular Cell Biology (以下、MCB。翻訳「分子細胞生物学」東京化学同人)です。「えっ、The Cell (Molecular Biology of the Cell、翻訳「細胞の分子生物学」ニュートンプレス)じゃないの?」という声が聞こえてきそうですね。もちろんThe Cellも良い参考書です。とはいえ、何も考えずに、最初から「The Cell」と決めてしまう前に、ぜひMCBを手に取ってほしいと思うのです。


注)私はWH FREEMAN社や東京化学同人の回し者ではありません(笑)。
いろいろと読み比べた中で、MCBが時間を費やして勉強するのに見合う参考書だと実感し、お勧めしているだけなのです。



MCBをお勧めする理由


1. 重要な発見がどのようになされたのかについて、その実験と科学的背景がしっかりと述べられている


→MCBは重要な発見がどのようになされたのか、その科学的背景から発見の過程までを(他書に比べて)きちんと説明しています。また、ある研究分野がどのように発展していったのかについても、多くのケースで解説しています。

サイエンスは、以前の知見の上に新しい知見を積み重ねていく営みですから、知見のつながりを学ぶことは重要であり、このようなMCBの記述スタイルはとても役に立つのです。また、このスタイルでは、断片的な知識ではなく、つながりを持つ知識として覚えることができるので、より覚えやすく、なおかつ忘れにくいのです。


2. 他書に比べて、実験データに基づいて説明するスタイルをより重視している

→MCBはある知見を説明する場合、その知見をもたらした実験を紹介し、その結果を解釈した上で説明するというスタイルをとっています(注)。
この記述スタイルにおいては、次に述べるような学習法を実践することで、実際の研究において実験データを考察するための能力を磨くことができます。

まず実験について書かれた部分だけを読み、そこで一旦読み進めるのを止めます。そして、その実験データからどんなことが言えるのかを自分なりに考察してみます。次に、続きを読めば、自分の考察が正しかったのかどうか答え合わせすることができます。こういった学習は、実験データを適切に考察・解釈するための力を磨く上でとても役に立ちます。

このように、MCBを使った学習は、体系的な知識を養うだけでなく、実際の研究活動において役に立つ思考力と考察力を身につけるための絶好のトレーニングになるのです。
そして、それこそが、MCBをおすすめする最大の理由なのです。

(注)他のメガブックも、この記述スタイルを部分的に採用していますが、それは極めて重要な知見についてのみで、その実験に関する記述もかなり簡略されています。MCBは、多くの知見に対して、より詳しい実験の説明を提供しています。


また、MCBは上記した以外にも、イラストのわかりやすさや、段組み、章の構成なども非常に優れていると思うのですが、これらは個人的な好みに因るところがありますので、あえてお勧めの理由としては挙げませんでした。(ぜひ手に取ってみてください。)

なお、MCBを使った学習法に関しては、前回のエントリーを参考にしてください。


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