2010年02月

RNase-freeな試薬の調整法

前回のエントリーでは、主に実験器具のRNase-free化について説明しました。そこで今回は、RNase-freeな試薬の調整法について具体的に説明していきたいと思います。

・RNase-free 80 % エタノールの調整法
(500 mL分)

1. 500 mLのメディウムビンと500 mLのメスシリンダーをRNase-free化しておく。

(メディウムビンにはDEPCとオートクレーブによるRNase-free化法、メスシリンダーには過酸化水素を使ったRNase-free化法を使う。詳しくは前回のエントリーを参照)

2. メスシリンダーで100 % エタノール*を400 mL 計る。

3. そこへDEPC水を加えて、500 mLまでメスアップし、RNase-freeにしたメディウムビンに入れる。

4. ビンを穏やかに振って、混ぜたら、4℃で保存。

*実際には、100%ではなく99.5%ですが、これを便宜的に100%エタノールと呼ぶことが多いので、当ブログもそれにならいます。

ポイント
試薬調整の際に、ファンを切ったクリーンベンチ内で作業することで、RNaseがコンタミするリスクを減らすことができます。


・第一級アミンの水溶液の調製法

DEPCは第一級アミンと反応するため、例えばトリスバッファーを直接RNase-free化することはできません。
つまり、調整済みのトリスバッファーにDEPCを添加してRNase-free化することはできないということです。
このような第一級アミンの水溶液をRNase-freeで調整する場合は、予め試薬調整に使用する器具を全てRNase-free化しておき(前回のエントリーを参考にしてください)、DEPC水を使用して調整し、最後にオートクレーブします。なお、pHメーターの電極はDEPC水で洗浄してから使用しましょう。

注)試薬(トリスなど)は必ず分子生物学グレードのものを使用してください。


・第一級アミンではない水溶液のRNase-free化
第一級アミンでない化合物の水溶液は、DEPCが使用できるので比較的容易にRNase-free化することができます。

1.まず、通常の方法(RNase-freeでない、普段の時と同じ方法)で水溶液を調整し、試薬ビンに移す。

2. DEPCを最終濃度0.1%(v/v)になるように加え、よくビンを振ってDEPCを溶かす。

3. 37℃で2時間インキュベートor 室温でオーバーナイトしてから、オートクレーブ(121℃で20 分)。


・オートクレーブできない化合物の水溶液の調整法
MOPSなどオートクレーブできない化合物に関しては、上記した第一級アミンの水溶液の場合と同様に調整してから(オートクレーブの前まで)、ろ過滅菌用フィルターでろ過します。

より詳細な方法に関しては、Molecular Cloning 3rd の7.32などを参考にすると良いでしょう。

まとめ

ここまで、実験器具や試薬のRNase-free化ついて様々な方法を紹介してきました。RNA実験に使用する全ての実験器具と試薬を網羅したわけではありませんが、基本的な方法は紹介しましたので、これらの方法を適宜調整したり、組み合わせたりすることで、ほぼ全ての実験器具と試薬をRNase-free化できると思います。
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前回のエントリーでは、乾熱処理によるRNase-free化について説明しましたが、今回のエントリーでは化学物質を使用したRNase-free化方法について説明します。

まず、RNaseを失活させる化学物質にはどんなものがあるのか、見てみましょう。

RNaseを失活させる化学物質

DEPC (diethyl pyrocarbonate)
界面活性剤
 例 SDS(失活させるというよりは、洗浄作用か)
過酸化水素
水酸化ナトリウム*
クロロホルム*

などが挙げられますが、基本的には、赤で示した化学物質を駆使することで多くのRNA実験をカバーすることができます。

*水酸化ナトリウムやクロロホルムは、使用後の処理の問題があるので、特殊な場合を除きRNase-free化に使用することは、お勧めしません。


次に、これらの化学物質を使用した実験器具や試薬のRNase-free化を説明していきたいと思いますが、その前に、RNase-free化の作業に欠かせないDEPC水の調整法を紹介します。

DEPC水の調製法
1. 計量したMilliQ水を試薬ビンに入れる。

2. DEPCを0.1%加えて*、フタをきっちり閉めたら、ビンを上下によく振る。(DEPCの塊が無くなるまで)
*例 MilliQ水1Lに対して、DEPC 1mL

3. 37℃のインキュベーターに入れて2 時間以上置く。(室温でオーバーナイトでも可)

4.フタを少し緩めオートクレーブする。(121℃で20 分*)

ポイント
DEPCは粘度が高いので、ピペットマンで採る時は、ハサミなどで先端をカットしたティップを使うと吸上げと排出がスムーズにできます。また、この時には吸い上げと排出はゆっくりと行いましょう。

Caution !!
DEPCには発癌性がありますので、扱う際には必ず手袋を着用しましょう。


・過酸化水素を用いた実験器具のRNase free化

対象:乾熱もオートクレーブもできない器具(メスシリンダーや電気泳動槽など)

1. エキストランやスキャット、 SDSなどの洗剤を使ってよく洗う(この時、手袋を着用のこと)。

2. 水道水で10回以上すすぎ、さらにD.W.*で3回すすぐ。(DEPC水でなくてよい)

*蒸留水やElixグレードの純水

3. 100 % EtOHで軽くすすぎ、水分を飛ばす。

4. 3 %過酸化水素水(30%過酸化水素水を滅菌したMilliQで10倍希釈)で満たし、室温で15分置く。

5. DEPC水で3回ほどすすぎ、乾かす。


・DEPCを用いた実験器具のRNase free化

対象:オートクレーブできる実験器具(試薬ビン*など)
*試薬ビンの中には乾熱できるものもあります

1. 試薬ビンをMilliQ水で満たし、そこへDEPCを0.1%(v/v)になるように加える。

2. フタをしっかり締めてから容器を振って、DEPCを溶かす。(DEPCの粒が見えなくなるまで)

3. 37℃にセットしたインキュベーターに入れて2 時間置く。(室温でオーバーナイトでも可)

4. なかの水を捨てる。

5. 121℃で20分オートクレーブする。(フタは少し緩め、その上からフタとビンの境目を覆う程度までアルミホイルをかけておく)

6. オートクレーブ後、乾燥機に入れて乾かす。(水溶液を入れる場合は、水滴が少し残っていても問題ない)
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実験器具と試薬のRNase-free化 その1
RNase-freeな試薬と実験器具を用意するために

前回までは、RNaseのコンタミ対策について解説してきました。長々と書いてしまいましたが、大丈夫だったでしょうか?全てを読むのはなかなか大変かもしれませんが、 RNA実験の第一歩として重要なことを書いたつもりですので、ぜひ読んでいただけたらと思います。

さて、今回のエントリーからは、実験器具や試薬のRNase free化について説明します。市販の実験書の多くが省略しているような箇所についても、極力省かずに書いたつもりですので、RNA実験初心者の方でもスムーズにRNase-freeな試薬や実験器具を用意できると思います。

<RNase free化の方法>

さて、RNaseを失活させるにはどうしたら良いのでしょうか?
RNaseは非常に安定なタンパク質ですが、タンパク質であることに変わりはありません。ですから、熱や化学物質(主に酸やアルカリ)によって失活させることができます。(ただし、他のタンパク質に比べて、より強力な条件が必要となります)

まずは、熱によるRNaseの失活からみていきましょう。

・乾熱による実験器具のRNase free化

対象:金属製の実験器具など

RNaseは耐熱性が非常に高く、オートクレーブ(121℃、15分)にかけただけでは、完全に失活しないことが知られています。そのため、乾熱によるRNaseの失活には、180 ℃で8hr200 ℃で4 hrといったかなりharshな条件が用いられます。

乾熱滅菌によるRNase free化の方法(温度と時間は一例です)

手順
1. アルミホイルで乾熱するものを包む。
2. 200℃で2 時間乾熱する。





Appendix

私が初めてRNA実験をする際に、少し困惑したのは、実験書によって乾熱処理の温度と時間がバラバラだったことでした。
例を挙げると、

・ 300℃で4 時間
出典 Molecular Cloning 3rd (Cold Spring Harbor Press) 7.82

・180℃で8時間以上、あるいは250℃で30分以上 
出典 バイオ実験イラストレイテッド①分子生物学実験の基礎 (秀潤社) p38

・200℃でover night
出典 プロメガ社 RNA Guide1
http://www.promega.co.jp/jp/pdf_rna_gd/RNAGuide1.PDF

・ 240℃で4 時間以上
出典 QIAGEN社RNeasy Mini kitのハンドブック

・ 232.2℃(450°F)で2時間以上 
出典 Ambion社のウェブサイトより
http://www.ambion.com/techlib/basics/rnasecontrol/index.html

という感じで、見事なまでにバラバラです。
では一体、どの条件を採用すれば良いのでしょうか?

答えは、
「どれでも良い」です。
「えっ!?」という声が聞こえてきそうですね。これだけしか書かないと私の真意が伝わらないので、その理由を説明したいと思います。

まず、上の方で紹介した条件はどれも間違っておらず、RNaseを失活させることができます。とは言え、ラボによって乾熱滅菌器の数や使用状況は異なります。例えば、乾熱滅菌器が少ないラボにおいて、8時間も乾熱滅菌器を占有してしまうと、他の人に迷惑がかかってしまうかもしれません。そのため、できるだけラボの状況に沿った条件を設定する必要があります。

私の場合は、200℃で2時間という条件でやっていました。この条件にしたのは、私のいたラボでは細胞培養に使用するガラスピペット(細胞培養用なので、高い精度は不要)を180℃で2時間乾熱していましたが、そのピペットを滅菌する際に20℃だけ温度を上げてもらい、そこへRNA実験器具を一緒に入れさせてもらうようにしたためです。このようにすることで、他の人の迷惑をかけずにすみました。
なお、先ほど紹介した条件に比べると温度がやや低めですが、これで問題が起きたことはありませんでした。

注)耐熱性ガラスの実験器具と一緒に乾熱する場合は、ガラスの耐熱性を確認しておきましょう。また、言うまでもないことですが、メスシリンダーやメスフラスコ、メスピペット、ホールピペットなどの高い精度が要求されるガラス器具は乾熱してはいけません。
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RNA実験の準備とRNase対策 その2

前回のエントリーでは、RNaseのコンタミ防止において、RNA実験用の環境のセットアップRNase汚染源への対策が重要であることを述べ、前者の具体的な方法について解説しました。
そこで、今回のエントリーでは後者を取り上げます。

・RNaseの汚染源への対策

ラボにおけるRNaseの主要な汚染源は人間であり、結局のところ実験者およびその周囲由来のRNaseのコンタミを防ぐことが対策となります。
ご存知のように、唾液や汗、鼻水などには病原体に対する生体防御等のためにRNaseが含まれています。こうした実験者由来のRNaseのコンタミを防ぐには、実験やその準備の際に、以下の装備を着用することが必要になります。

1. マスク
2. 手袋
3. 長袖の上着(白衣)
4. ゴーグル(必要に応じて)


おそらく、これらに関しては、皆さん既に実行されていると思いますが、以下で少し補足しておきたいと思います。


<補足>

実験用の手袋にはラテックスやニトリル、ポリエチレンなど様々な素材のものがあります。簡単な試薬調整の際にはポリエチレンやポリプロピレン製の手袋で構いませんが、実験時には手にぴったりとフィットするラテックスやニトリル製の手袋を使用したいものです。新品の手袋の表面がRNaseで汚染されている可能性はかなり低いと思いますが、気になるようでしたらRNase-OFFなどの除去剤を使用して洗浄すると良いでしょう。(このような洗浄は一般的には不要ですが...)
ちなみに私は、かつてラボの予算が緊迫した時に、一度使った手袋をRNase-OFFで洗浄して再利用していました(笑)。

長袖の上着に関しては、普段使用している実験用の白衣で構いませんが、できればRNA実験専用のものを用意したいものです。白衣そのものは決して高い物ではありませんし、3~4千円程度の出費で、よりクリーンな状態でしかも気分良く実験に臨めるならば安いと思うのですが、いかかでしょうか?

なお、手袋や長袖の着用はRNase対策だけでなく、RNA実験で頻用される危険な試薬(DEPCやグアニジンイソチオシアネートなどの強力なタンパク質変性剤から自分の身を守るという意義もありますので、必ず着用してください。

最後にマスクについてですが、一人で実験する場合(つまり、会話しない場合)は、マスクの着用は不要かもしれません。しかし、実験の肝心な場面で不意に鼻がムズムズしてきて、、、「ハックショーン!!」なんてことも起こりますので、やはりマスクの着用は重要です。
また、周囲に対して、今自分はRNA実験をやってるから、近づいたり話しかけたりしないでね的なシグナルにもなります。
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はじめに

RNAはDNAに比べて、ずっと分解されやすい物質です。そのため、RNAを扱う実験では、RNAの分解を防ぐためにDNA実験にはない試薬や操作が必要になってきます。RNAが分解される主たる原因はRNaseのコンタミであり、最も避けなければなりませんが、RNaseに関しては、分子生物学実験の初心者の方でも、その恐ろしさ(迷信的なものも含めて)を見聞きしたことがあるでしょう。
RNaseはいたるところに存在し、しかも極めて安定(=失活しにくい)とくれば、確かに恐ろしく聞こえます。しかし、きちんとした知識を持ち、適切な対策を実行すれば、RNaseを恐れる必要など全くありません。

とはいえ、RNA実験の基本について、RNase対策の具体的な方法を含めて初心者でもわかるように解説してある実験書は案外少ないものです。そのため、RNA実験を始めようとした時に、必要な知識がなかなか得られずに苦労した人も多いのではないでしょうか。
また、一応のやり方は身につけても、いまだに「本当にこれでいいのだろうか?」と、漠然とした不安を抱えながら実験している人もいるかもしれません。そこで、そんなRNA実験初心者のために、RNA実験の基本について、ゼロから丁寧に解説していきたいと思います。

RNA実験の準備とRNase対策 その1


RNA実験を成功させる上で、最も重要なことのひとつは、サンプルのRNAを分解から防ぐことです。当たり前のことですが、これ無くしてはどんなRNA実験も上手く行きません。特にRNA分解の主たる原因であるRNaseへの対策は、RNA実験の準備から実験の完了まで、常について回ります。ですから、RNA実験の準備をするにあたっては、RNase対策について十分に知っておく必要があります。ここでは、RNaseへの対策について解説しながら、RNAを用いた実験を始めるための準備についてレクチャーしていきたいと思います。


さて、そもそもどうすればサンプルのRNAはRNaseに分解されずにすむのでしょうか?
これを考えてみると、
サンプル中にRNaseが存在しない(=コンタミさせない)か、存在していても活性が無ければ(=失活している)良いことがわかります。


これがRNaseコンタミ対策における考え方の基本になります。


まずはじめに、RNaseをいかにコンタミさせないかということについて、解説していきたいと思います。


①RNaseのコンタミ防止

RNaseのコンタミ防止については次の2点が重要となってきます。
・RNA実験用の環境のセットアップ
RNaseの汚染源への対策


RNaseがコンタミしにくい実験環境のセットアップ


step 1. 実験台(ベンチ)の選定
→ 空気の動きが少ない場所にあるベンチを選ぶ。


これは、空気中を舞う細菌やRNase(人の咳や汗などに由来する)のコンタミを防ぐためです。
具体的には、ドアや窓、換気扇、通路などの近くにあるベンチは避けます。さらに、ビニールカーテン等でベンチの周りを囲むとより効果的ですが、無くても実験はできます。(注)


注)RNA実験と一口に言っても、実に様々な実験があり、実験ごとに要求される実験環境のクリーンさ(RNaseの少なさ)のレベルは異なります。今回紹介する方法は、一般的なRNA抽出や逆転写反応などの実験に対応するレベルです。


step 2. ベンチのクリーンアップ
ベンチを確保したら、次はベンチやその周辺のクリーンアップです。ここでは、ベンチと実験中に触れるもの(実験器具など)に対して、RNaseの除去作業を行います。コツは、実際に実験する時に触れるであろうものを想定しながらクリーンアップの対象を決定することです。
RNaseを除去する方法としては、市販のRNase除去剤を利用するのが手軽です。TaKaRa BioのRNase-OFFやAmbionのRNAZapなどが代表的です。ちなみに、これらのRNase除去剤はSDSを主成分としているようです。
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