先日、ハワード・ヒューズ医学研究所(以下、HHMI)から今年採択された27人の若手研究者が発表されました。
HHMIはアメリカの生物医学研究の助成機関であり、採択された研究者の業績(被引用数など)がずば抜けていることで知られています。
この総資産が160億ドルにも達する裕福な研究助成機関は、資産運用益から毎年約8億ドルを生物医学研究の振興に支出しています。その中心はHHMI Investigetorと呼ばれる厳選された研究者への助成で、一人あたり100万ドル/年を支給しています(期間は5年で、業績を上げていれば何度でも更新可能)。このグラントは、研究課題に対してではなく研究者個人に対して支給されるものであり、自由度が極めて高いことで知られています。そのため研究者は、テーマに囚われず自由に研究できるので、例えばハイリスクなテーマへの挑戦や新しいアイデアを思いついた時にグラント申請せずに取りかかれるといった大きなメリットがあります。
一流の研究者に十分な研究資金を与え、自由にのびのびと研究させるという真に理想的な研究支援がここでは実現しているのです。

HHMI Investigatorの新規採択者は、アメリカの生命科学研究におけるトップクラスの若手であり、もっと言えば、将来のノーベル賞候補でもあります(今までにノーベル賞受賞者を15人輩出)。
今年は19の研究機関から27人の研究者が選ばれており、なんと日本人の女性研究者が2名も採択されています。
これは、日本人としては利根川 進、柳沢 正史 の両博士に継ぐ快挙と言えます(特定型のInvestigetorとして採択された方は過去に若干いらっしゃいます)

では、今のアメリカで最もホットな生命科学者たちの顔ぶれを見ていきましょう。

Peter Baumann, Ph.D. Stowers Institute for Medical Research 分子生物学(テロメア)

Michael S. Brainard, Ph.D. University of California, San Francisco 神経生物学(鳥のさえずりの分子機構)

Jean-Laurent Casanova, M.D., Ph.D. Rockefeller University 小児医療、分子遺伝学、感染症学

Adam E. Cohen, Ph.D. 
Harvard University 神経生物学、生物物理学

Karl Deisseroth, M.D., Ph.D. Stanford University 神経生物学、光遺伝学

Michael A. Dyer, Ph.D. 
HHMI Early Career Scientist 
St. Jude Children's Research Hospital
がん、

Marc R. Freeman, Ph.D. University of Massachusetts Medical School 神経生物学、発生生物学

Chuan He, Ph.D. University of Chicago エピジェネティクス、ケミカルバイオロジー

Hopi Hoekstra, Ph.D. Harvard University 進化生物学、分子遺伝学、生態学(シロアシネズミ)

Neil Hunter, Ph.D. University of California, Davis 分子生物学(DNA修復)

Akiko Iwasaki(岩崎明子)Ph.D. Yale University 免疫学(粘膜免疫、ワクチン)

Nicole King, Ph.D.  F
University of California, Berkeley 生物学(襟鞭毛虫)、進化生物学

Christopher D. Lima, Ph.D. Memorial Sloan-Kettering Cancer Center 構造生物学、分子生物学(ユビキチン、RNA)

Harmit S. Malik, Ph.D. Fred Hutchinson Cancer Research Center 分子遺伝学、進化生物学

Tirin Moore, Ph.D. Stanford University 神経生物学

Vamsi K. Mootha, M.D. Massachusetts General Hospital 細胞生物学(ミトコンドリア)、分子遺伝学

Dyche Mullins, Ph.D. University of California, San Francisco 細胞生物学(細胞骨格)

Evgeny Nudler, Ph.D. New York University 分子生物学、免疫学、

Ardem Patapoutian, Ph.D. Scripps Research Institute 生物物理学、神経生物学

Michael Rape, Ph.D. University of California, Berkeley 生化学

Peter W. Reddien, Ph.D. Massachusetts Institute of Technology 発生学

Aviv Regev, Ph.D. Massachusetts Institute of Technology システムバイオロジー、免疫学

David Reich, Ph.D. Harvard Medical School 分子遺伝学

Russell E. Vance, Ph.D University of California, Berkeley 自然免疫学

Johannes C. Walter, Ph.D. 
Harvard Medical School 分子生物学(DNA複製)

Rachel I. Wilson, Ph.D.Harvard Medical School 神経生物学

Yukiko Yamashita(山下 由起子), Ph.D.  University of Michigan 幹細胞生物学
浅学にして存じ上げませんでしたが、Pubmedで検索したところ幹細胞の非対称分裂の研究で優れた業績を挙げられていらっしゃいます。柳田充弘先生の研究室出身のようですね。


ざっと見ると、神経生物学や免疫学、分子遺伝学の研究者が多い印象ですが、鳥のさえずりの分子機構や襟鞭毛虫の発生、野ネズミの進化などといった日本の高額グラントでは考えられないような基礎生物学的テーマに取組む研究者も選ばれているところに、HHMIの懐の深さを感じます。
また、多くの採択者は若手ながら、パラダイムを転換するような独創性の極めて高い業績を挙げており、"the best original-thinking scientists"に対するHHMIの強い拘りを感じます。これも日本の研究助成機関に欠けている視点といえるでしょう。

今年の採択者の研究内容を軽く調べていて気が付きましたが、複数の分野に跨った研究をしている研究者が多く選ばれています。参考として採択者の専門分野を付記しましたが、複数の分野を書かないとその研究者がやっていることをカバーできないのです。これは、一昔前にもてはやされた学際的な研究というよりもむしろ、異なった分野の研究を並行させたり、ある生命現象を複数の研究分野に跨って研究するといったように、非常に精力的なものです。
そのバイタリティーと才能に感心すると同時に、最近の生命科学研究はここまでしないとインパクトのある業績を出せないのだと思わずにはいられません。
一つの分野をただひたすらに追求する職人肌の研究者に代わり、新世代の研究者たちはバーサタイル(万能性)でなければならないのでしょう。


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