はじめに

RNAはDNAに比べて、ずっと分解されやすい物質です。そのため、RNAを扱う実験では、RNAの分解を防ぐためにDNA実験にはない試薬や操作が必要になってきます。RNAが分解される主たる原因はRNaseのコンタミであり、最も避けなければなりませんが、RNaseに関しては、分子生物学実験の初心者の方でも、その恐ろしさ(迷信的なものも含めて)を見聞きしたことがあるでしょう。
RNaseはいたるところに存在し、しかも極めて安定(=失活しにくい)とくれば、確かに恐ろしく聞こえます。しかし、きちんとした知識を持ち、適切な対策を実行すれば、RNaseを恐れる必要など全くありません。

とはいえ、RNA実験の基本について、RNase対策の具体的な方法を含めて初心者でもわかるように解説してある実験書は案外少ないものです。そのため、RNA実験を始めようとした時に、必要な知識がなかなか得られずに苦労した人も多いのではないでしょうか。
また、一応のやり方は身につけても、いまだに「本当にこれでいいのだろうか?」と、漠然とした不安を抱えながら実験している人もいるかもしれません。そこで、そんなRNA実験初心者のために、RNA実験の基本について、ゼロから丁寧に解説していきたいと思います。

RNA実験の準備とRNase対策 その1


RNA実験を成功させる上で、最も重要なことのひとつは、サンプルのRNAを分解から防ぐことです。当たり前のことですが、これ無くしてはどんなRNA実験も上手く行きません。特にRNA分解の主たる原因であるRNaseへの対策は、RNA実験の準備から実験の完了まで、常について回ります。ですから、RNA実験の準備をするにあたっては、RNase対策について十分に知っておく必要があります。ここでは、RNaseへの対策について解説しながら、RNAを用いた実験を始めるための準備についてレクチャーしていきたいと思います。


さて、そもそもどうすればサンプルのRNAはRNaseに分解されずにすむのでしょうか?
これを考えてみると、
サンプル中にRNaseが存在しない(=コンタミさせない)か、存在していても活性が無ければ(=失活している)良いことがわかります。


これがRNaseコンタミ対策における考え方の基本になります。


まずはじめに、RNaseをいかにコンタミさせないかということについて、解説していきたいと思います。


①RNaseのコンタミ防止

RNaseのコンタミ防止については次の2点が重要となってきます。
・RNA実験用の環境のセットアップ
RNaseの汚染源への対策


RNaseがコンタミしにくい実験環境のセットアップ


step 1. 実験台(ベンチ)の選定
→ 空気の動きが少ない場所にあるベンチを選ぶ。


これは、空気中を舞う細菌やRNase(人の咳や汗などに由来する)のコンタミを防ぐためです。
具体的には、ドアや窓、換気扇、通路などの近くにあるベンチは避けます。さらに、ビニールカーテン等でベンチの周りを囲むとより効果的ですが、無くても実験はできます。(注)


注)RNA実験と一口に言っても、実に様々な実験があり、実験ごとに要求される実験環境のクリーンさ(RNaseの少なさ)のレベルは異なります。今回紹介する方法は、一般的なRNA抽出や逆転写反応などの実験に対応するレベルです。


step 2. ベンチのクリーンアップ
ベンチを確保したら、次はベンチやその周辺のクリーンアップです。ここでは、ベンチと実験中に触れるもの(実験器具など)に対して、RNaseの除去作業を行います。コツは、実際に実験する時に触れるであろうものを想定しながらクリーンアップの対象を決定することです。
RNaseを除去する方法としては、市販のRNase除去剤を利用するのが手軽です。TaKaRa BioのRNase-OFFやAmbionのRNAZapなどが代表的です。ちなみに、これらのRNase除去剤はSDSを主成分としているようです。

市販のRNase除去剤によるベンチや周辺機器のクリーンアップ法

<手順>

1. RNase除去剤を洗浄したいものにスプレーする。(直接スプレーできないものについては、ペーパータオルにRNase除去剤を含ませてから良く拭き、手順3へ移る)

2. スプレーした除去剤をキムワイプやペーパータオルで塗り広げ、よく拭く。

3. DEPC水を含ませたペーパータオルで拭いて仕上げる。

言うまでもないことかも知れませんが、この作業はマスクとラボ手袋を着用して行います。
こうしたクリーンアップは、実験を始める前に毎回、ルーティーンとして行います。また、実験を始める前にベンチにアルミホイルを敷くといった工夫もクリーンなベンチを用意する上で有効です。

なお、実験器具のRNase-free化については、次のセクション(2. RNaseを失活させる)で具体的に述べます。